レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年10月26日
- 登録日時
- 2012/10/26 10:46
- 更新日時
- 2019/10/02 14:17
- 管理番号
- 021
- 質問
-
解決
尼崎市に合併した各村の村章を知りたい。
- 回答
-
尼崎市は、大正5年(1916)の市制施行により誕生したのち、小田村・大庄村・武庫村・立花村・園田村と段階的に隣接する村と合併し、昭和22年(1947)にほぼ現在の市域となった。
今回の質問は、この合併村5村の村章を知りたいというものであった。村章についてまとめた既存の文献・資料等はなく、各村の村誌や関連する各地域の写真集、学校誌、合併記念誌、歴史的行政文書・行政刊行物などを参照した。
そのうえで、これらの文献等により確認できる範囲で回答し、村章の画像情報を提供した。
- 回答プロセス
-
◆小田村
『郷土―写真が語る小田の今昔―』90頁に、小田村の村章が掲載されている。ひし形で、上に「小」、下に「田」の文字を組み合わせているマークである。
このほか、『小田村勢』(小田村編・発行、昭和7年)のなかに挟み込まれている「兵庫県川辺郡小田村全図」の四隅に村章が記されている。
◆大庄村
『写真でつづる近代大庄のあゆみ』41頁に、大庄村の村章が掲載されている。同書によれば、船の舵輪と大庄の大の字を図案化したマークとのことである。
このほか、『大庄村誌』のカバーに村章の意匠がほどこされている。また、館所蔵の歴史的公文書のなかに「村章制定関係書」(大庄村役場文書45)があり、村章制定の経緯を確認することができる。
◆武庫村
「昭和十三年事務報告書並財産表」の表紙に、図案化されたマークが印刷されており、「【村章】武庫郡武庫村」と記されている。これにより、このマークが武庫村の村章であろうと推定される。
◆立花村
柴田保彦氏執筆の論考「尼崎市内に残る橘水道の鉄蓋」(『地域史研究』第31巻第2号)74頁に、村章についての推論が示されている。柴田氏は、地域研究史料館が所蔵する写真を参照し、尼崎市役所立花出張所の玄関に掲げられている紋章、「立」の字を桜の花弁9枚(立花村の9大字を示す)が縁どったデザインが村章であろうと結論付けている。
なお、村誌である『立花志稿』(立花村、昭和15年)や立花村の歴史に関する刊行物を確認したが、村章に関する記述を見出すことはできなかった。
〔平成28年-2016-2月10日追記〕
村章に関する情報提供を呼びかける立花地域振興センターに取材した新聞報道の結果、市民の手元に保管されていた立花村発行の感謝状に、上記写真のやや不鮮明なものと同じ立花村の村章が鮮明に印字されているのが確認された。(平成28年2月9日付毎日新聞阪神版記事参照)
◆園田村
園田村の村章については未詳である。
尼崎市に合併する以前の園田村は村誌を刊行していない。園田村・尼崎市合併記念誌や園田地域の学校誌等を確認したが、村章に関する記載を見出すことはできなかった。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 近畿地方 (216 9版)
- 参考資料
-
- 小田の歴史博物展実行委員会写真部編『郷土―写真が語る小田の今昔―』小田の歴史博物展実行委員会 1990年発行 (当館請求記号 219/A/オ)
- 『小田村勢』小田村 昭和7年発行 (当館請求記号 318.6/A/オ-1)
- 『写真でつづる近代大庄のあゆみ』尼崎市社会福祉協議会大庄支部出版委員会 1988年発行 (当館請求記号 219/A/オ)
- 『大庄村誌』大庄村教育調査会 昭和17年発行 (当館請求記号 219/A/オ)
- 「昭和十三年事務報告書並財産表」(『武庫村事務報告書』大正11・昭和13~15年に収録)
- 柴田保彦「尼崎市内に残る橘水道の鉄蓋」(尼崎市立地域研究史料館紀要『地域史研究』第31巻第2号、平成13年12月)
- キーワード
-
- 兵庫県尼崎市
- 村章
- 小田村
- 園田村
- 大庄村
- 立花村
- 武庫村
- 照会先
- 寄与者
- 備考
-
レファレンス事例 尼崎市立地域研究史料館170「現尼崎市域にあった大庄村(おおしょうむら、昭和17年-1942-に尼崎市に合併)が村章を制定する経過について知りたい」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000261797
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000113011