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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼浦-2008-003
事例作成日
(Creation date)
2008/04/13登録日時
(Registration date)
2008年11月13日 02時10分更新日時
(Last update)
2010年03月11日 13時00分
質問
(Question)
岩槻領のうちであったとされる「南部領」(現在の大宮・浦和・上尾辺り)が、南部藩(盛岡藩) と何か関係があったのか、記述のある資料を探している。
回答
(Answer)
以下の資料・情報を紹介した。
高橋浄蔵「武蔵国南部領由来についての一考察」(『紀要 第13集』 埼玉県立川越高等学校 1977)p5-15
南部領と盛岡南部氏についての記述あり。盛岡藩第2代藩主南部利直が岩槻において五ヶ村を御鷹場として給わったが、その子第3代藩主重直の時に取り上げになった旨の記述あり。慶長16年~寛永13年(1611~1636)まで盛岡南部氏の御鷹場であったとあり。
また、「南部領」の地名の由来について、次の2説を挙げている。盛岡南部氏の御鷹場であったことに由来する説。天正19年(1591)大和田村、中丸村の検地帳に「武蔵国足立郡南部之内」、「武蔵国岩槻領南部之内」とあるところから、中世の岩槻領の南部の遺名とする説。

高橋浄蔵「武蔵野国南部領御鷹場取上顛末と五ヶ村」(『紀要 第14集』 埼玉県立川越高等学校 1978)p10-19
上記論文の後に発表されたもの。武蔵国南部領鷹場五ヶ村の取り上げについての考察。
※本文中に、同著者による以下の論文が紹介されていたが、未所蔵のため未見。

高橋浄蔵「武蔵国南部領成立の由来」(「経済論集 通号27」 大東文化大学経済学会 1977)

《岩手県立図書館所蔵和本目録検索》から「盛岡藩領岩槻二十八ケ村古図」あり。
《( http://www.library.pref.iwate.jp/index2.html  2008/04/13最終確認)

参考として次のWeb情報を紹介した。
《盛岡タイムス Web News》
2006年1月13日(金)「〈古文書を旅する〉97 工藤利悦 逸物の黄鷹献上、将軍様のご満悦少なからず」に南部利直についての記述があり、「利直が家康・秀忠から寵愛を受けた記録は枚挙にいとまない。差取棹を拝領したこともそうであるが、狩猟に関するものとして武蔵国岩槻(埼玉県岩槻市)周辺に狩り場を拝領した一件もその例である」とあり。「増補国統年表」の引用があり、その中で「岩槻五ヶ村を御鷹野場として賜ふ」とあり。
http://www.morioka-times.com/  2008/04/13最終確認)
※ただし「増補国統年表」は所在が分からなかったため未見。「国統大年譜抄」ならば、岩手県立図書館所蔵。

追記:その後見つかった関連資料(2009/07/01確認)。
(追加資料)南部領の地名の由来について書かれた資料
大村進「岩槻御旧地南部領考」(『岩槻史林 第36号』p1-2 岩槻地方史研究会 2009)
「南部領」の地名の由来について、諸説紹介しているが、詳細は不詳とのこと。

『恋円空 大宮雑記帳1』(秋山喜久夫著 埼玉県郷土史料刊行会 1973)
p139-140 「南部領」の語源についての説を紹介している。ここでも詳細は不詳。

『大宮雑記帳 6 大宮の地名』(秋山喜久夫著 丸岡書店 1975)
p74「南部領」の項に、「岩槻の南部説と、南部の殿様の放鷹地であったところから南部の名が出ているという説と二つあって、いずれともきめかねるのである。」とあり、この他の説も紹介している。

追記:その後見つかった関連資料(2010/03/11確認)。
『幻の南部領 岩槻御舊地探索秘記の世界』(まつお十平 人文社 2009)
「岩槻御舊地探索秘記」「南部家臣誠忠禄」を中心に、地理的位置や南部長芋等を調査した資料。
回答プロセス
(Answering process)
盛岡南部氏、岩手県関係資料で、関連記述が見あたらなかったもの。
『盛岡南部氏物語』『岩手県史 5 近世篇2 盛岡藩』『盛岡藩 (シリーズ藩物語)』『南部史要 第5版 全』(熊谷印刷出版部 1998)『盛岡藩覚書 文政十三年』『岩手県 (郷土史事典 3) 改訂』(昌平社 1982)『岩手県の歴史 (県史シリーズ3)』『新編物語藩史 1 北海道・東北編』『御鷹場』(埼玉新聞社 1981)

埼玉県の地名関係資料を調査し、関連する記述が見あたらなかったもの。
『埼玉県地名誌』p70上尾市(旧)大谷村の項に「なお南部領の名は荘園関係の地名であるという(「日本の地名」)」との記述はあるが、盛岡南部氏との関係についてはなし。
※文中の参考文献「日本の地名」(鏡味完二 角川書店 1964)当館未所蔵。
『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』p643「南部領」の項に、「『新編武蔵』に見える領名。足立郡のうち。(中略)37か村。現在の大宮市・浦和市・上尾市のあたり。(中略)もと岩槻領のうちであったと推定される。」
『新編武蔵風土記稿 [第4期] 第7巻』p290、p296等に南部領の記述はあるが、盛岡南部氏との関係については記述なし。
重田正夫「近世足立郡南部領の修験組織」(『浦和市史研究 第5号』)p108「南浮七郷」の説明文中に、「「南浮」は「南部」とも書き、『新編武蔵風土記稿』によれば足立郡のうち、現在の浦和・大宮両市の東部一帯から上尾市東部にかけての三十七ヵ村を指していた」とあるが、盛岡南部氏との関係については記述なし。
重田正夫「足立郡南部領大泉院の場合」(『浦和市立郷土博物館研究調査報告書 第22集』)p25注に上記と同様の記述あり。
『埼玉県の地名』『岩槻市史 通史編』ともに該当する記述は見あたらず。
事前調査事項
(Preliminary research)
『新編埼玉県史 資料編10 近世1』「岩槻御旧地探索秘記」に所収されている「岩槻御旧地探索秘記」は、「盛岡藩士晴山忠太が武州岩槻辺に南部領とよばれる地方があり、昔この地が南部候の領地であったか否かを調査探索するよう藩の内命をうけ」た報告書。p988に「当所南部領と申候ハ 往古ハ奥の南部様之御鷹野場所とか 御領地等有之 其訳を以今ニ至迄此村辺を南部領と申伝事ニ哉 (以下略)」と質問していたようだが、真相はよく分からないようだ。
NDC
関東地方  (213 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
参考資料
(Reference materials)
『紀要 第13集』(埼玉県立川越高等学校 1977)
『紀要 第14集』(埼玉県立川越高等学校 1978)
キーワード
(Keywords)
埼玉県-歴史
盛岡藩-岩手県
南部(氏)
武蔵国南部領-岩槻領
郷土資料
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000048898解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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