レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/07/17
- 登録日時
- 2022/11/27 00:30
- 更新日時
- 2022/11/27 00:30
- 管理番号
- 6001012002
- 質問
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解決
現在阿智神社の斎館として使われている蝸牛庵(もとは楠戸家別宅)が、昭和の初め頃阿智神社に寄附された。
その新聞記事を見たい。
いつの何新聞かは不明。新聞記事を見た人がいるので、おそらく記事にはなったはず。
また、 阿智神社と大原家のかかわりについて、わかる資料があればそれも見たい。
- 回答
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・『いさわか 阿智神社 社報12号』P4 昭和18年2月の合同新聞に蝸牛庵についての当時の新聞記事の切り抜きを発見、その内容を紹介している。
・『合同新聞 昭和18年2月27日』(歴史資料整備室 マイクロフィルム所蔵)
楠戸与平氏の母楠戸岩刀自が神社の境内が広がるので、老後を楽しむための隠居所として使っていた蝸牛庵を神社に譲ったという記事がある。
・『大原孫三郎父子と原澄治』 犬飼 亀三郎/著 倉敷新聞社 p122
大原孫三郎が、楠戸家の別荘蝸牛庵を神社に寄付していただくように交渉し、同家の快諾を得たという記述あり。
以下、大原家と阿智神社のかかわりについての記述のある資料
・『大原孫三郎伝』 大原 孫三郎伝刊行会/編 中央公論事業出版 p387
昭和15年に還暦記念として発心した阿智神社の造営計画を推進している、という記述あり。
・『絵図で歩く倉敷のまち』 倉地克直/著 吉備人出版 p50-51
*観龍寺について
明治38年大原孝四郎が鐘楼堂を造り、鐘を寄贈し、また、現在の鐘は昭和24年に大原總一郎が寄付したとの記述あり。
・『倉敷市史 5』 永山 卯三郎/著 名著出版 p383-384
*観龍寺について
明治42年1月、大原孝四郎が妙見堂を寄進との記述あり。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 大原孫三郎父子と原澄治犬飼 亀三郎/著倉敷新聞社 (p122)
- 大原孫三郎伝大原 孫三郎伝刊行会/編中央公論事業出版 (p387)
- 絵図で歩く倉敷のまち倉地克直/著吉備人出版 (p50-51)
- 倉敷市史5永山 卯三郎/著名著出版 (p383-384)
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000324714