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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
近畿大学中央図書館 (3310037)管理番号
(Control number)
20130918-1
事例作成日
(Creation date)
2013年09月18日登録日時
(Registration date)
2013年09月18日 09時44分更新日時
(Last update)
2013年09月18日 09時56分
質問
(Question)
蒋介石について知りたい。
回答
(Answer)
蒋介石(しょうかいせき) Yahoo!百科事典[日本大百科全書(小学館)]
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E8%92%8B%E4%BB%8B%E7%9F%B3/ (2013/09/18確認)
[現地読み:チヤンチエシー]
(1887―1975)
中国の政治家。中華民国総統。字(あざな)は中正。
浙江(せっこう)省奉化県の由緒ある塩商の家に生まれる。郷里の学堂で学んだのち1907年に保定軍官学校に入学。1908年(明治41)には日本へ留学して東京の振武学校(中国留学生のための陸軍士官学校予備学校)を1910年に卒業、新潟県高田の野砲兵第一三連隊に配属された。留学中に、東京で孫文(そんぶん)らの中国同盟会に加入し、1911年の辛亥(しんがい)革命に際しては張群(ちょうぐん)とともに帰国して革命に投じた。孫文の信用を得、1923年、孫文の命令でソ連の軍事事情を視察後、翌1924年に黄埔(こうほ)軍官学校初代校長に就任した。1925年の孫文死後は国民党二全大会で中央執行委員となり、同時に国共合作下の国民革命軍総司令に選ばれた。1926年3月、最初の反共事件としての中山艦事件で政治的地位を強化、同年7月、北伐を開始したが、翌1927年4月、上海(シャンハイ)クーデターを起こして反共攻勢に転じ、以後一貫して共産党を攻撃した。
1928年、南京(ナンキン)に国民政府を樹立して主席となって以来、国民党内での汪精衛(おうせいえい)(汪兆銘(おうちょうめい))との対立や閻錫山(えんしゃくざん)、馮玉祥(ふうぎょくしょう)らの反蒋軍閥による数次の抵抗に出会いながらも、国民党の実権をほぼ一貫して掌握した。1934年には一種の精神復興運動である新生活運動を唱導し、この間、蒋・孔(こう)・宋(そう)・陳(ちん)のいわゆる「四大家族」を中心とした浙江財閥を育成して自己の財政的支柱とした。1936年の西安(せいあん)事件で捕らえられ、抗日民族統一戦線の形成に同意したが、1937年の日中戦争で政府を重慶(じゅうけい)に移したのちの抗日戦争中もしばしば反共政策を断行した。1945年、抗日戦争勝利後は重慶で毛沢東(もうたくとう)との国共和平交渉に臨んだが、翌1946年にはふたたび国共内戦が勃発(ぼっぱつ)、1948年には新しい憲政下の初代総統に就任。1949年1月いったん辞任。同年大陸を失陥し台湾へ逃れた。1950年総統に復帰。以後、台湾での統治には意を用いつつ反共復国を目ざし、アジアの代表的な反共政治家として活躍した。1975年4月5日台北で死去。・・・
参考文献
『蒋介石秘録』全15巻(1975~1977・サンケイ出版)
楊逸舟著『蒋介石評伝』上下(1979、1983・共栄書房)

蔣介石 【しょうかいせき】 コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E8%94%A3%E4%BB%8B%E7%9F%B3 (2013/09/18確認)
世界大百科事典 第2版
しょうかいせき【蔣介石 Jiǎng Jiè shí】 1887‐1975
中国の政治家。孫文死後の国民党(右派)の最高指導者。1928年から49年までの時期の中華民国の独裁的支配者であり,中華人民共和国成立後,台湾省に本拠を置く亡命政権の指導者としてその生涯を送った。蔣経国の実父。字は中正。原名瑞元。学名志清。浙江省奉化県の人。商人の出身。1907年(光緒33)保定振武学校(軍官学校)を卒業後,日本の陸軍士官学校に留学,同年,陳其美の紹介で中国同盟会に加入した。11年,武昌蜂起を知って帰国し,上海の滬軍都督陳其美のもとで活躍した。・・・

蒋介石 【しょう-かいせき】 コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E8%92%8B%E4%BB%8B%E7%9F%B3 (2013/09/18確認)
デジタル版 日本人名大辞典+Plus
蒋介石 しょう-かいせき
1887-1975 中国の軍人,政治家。
光緒(こうしょ)13年10月31日生まれ。日本に留学し,孫文(そん-ぶん)の中国同盟会にはいる。帰国して辛亥(しんがい)革命に参加。黄埔(こうほ)軍官学校校長,国民革命軍総司令などをへて1928年国民政府主席となる。共産党を弾圧したが,西安事件で抗日のための第2次国共合作に合意。1948年中華民国総統。翌年国共内戦に敗れて台湾にのがれ,以後その死まで中華民国総統をつとめた。1975年4月5日死去。89歳。浙江(せっこう)省出身。字(あざな)は中正。
【格言など】怨みに報いるに徳を以てす(敗戦国日本に対して)

しょうかいせき【蔣介石】 国史大辞典
Chiang Chieh-shih
一八八七 - 一九七五
中国現代の軍人、政治家。名は中正、字が介石、原名は瑞元。一八八七年十月三十一日浙江省奉化県渓口鎮の塩商人粛庵の子として出生。六歳のときから私塾で中国古典を学ぶ環境にあったが、九歳のとき父が死去したため、その三番目の妻(采玉)の長男として経済問題、租税問題などで苦労した。十五歳のとき毛氏と結婚。十九歳のとき寧波(ニンポー)の箭金学堂に学び、革命家孫文の名を知った。二十歳で渡日、半年間余り東京の清華学校に学び、日露戦争勝利後の日本の空気にふれた。二十一歳のとき軍人となる志を立て、保定の「通国陸軍速成学堂」に入学、選ばれて翌年再び日本に赴き「振武学校」に入学、二年後(一九一〇年(明治四十三))卒業して新潟県高田の陸軍第十三師団野砲兵第十九連隊の士官候補生となった。なおこの間中国同盟会に加入し、一九一〇年東京で孫文に会ったといわれる。また長男の経国もこの年に生まれた。翌年辛亥革命が起ったため帰国、先鋒隊の指揮官の一人として杭州を占領、のちに上海軍第五大隊隊長となった。辛亥革命挫折後の行動には不明なことが多く、陳其美や孫文と関係を保ちながらも投機事業や雑誌の発行に関係し、しばしば日本にも渡っている。一九一八年には広東軍総司令部の作戦課主任となったが、実権はなかったといわれる。かれが孫文の信任を得たのは二二年の陳炯明の反乱のときで、母の葬儀から広州にとってかえし、永豊艦に避難した孫文を護衛した。翌年孫文は蒋介石を大本営参謀長に抜擢したが浙江人であったため広東では実力なく、同年八月本人の希望もあって「孫文博士ソ連訪問団」の団長として訪ソ、ソ連軍の武器・規律・組織を学ぶとともにブリッヘル将軍らと知りあった。二四年新設の黄埔軍官学校校長となり、翌年から卒業生を中心に広東軍の中核を形成、二五年孫文の死後両広を統一、二六年の中山艦事件後はソ連人顧問、中国共産党の幹部をも抑えて、国民革命軍の指導権を握った。二六年七月国民革命軍総司令となり北伐開始、急速に軍事力を強化するとともにソ連人顧問・中国共産党との矛盾も深めて二七年四月「反共政変」を起し、四年間にわたる国共合作を終了させた。しかし蒋介石の急激な台頭は国民党指導者たちの反発も買って一時下野、日本との連携を求めて田中義一首相と会見したがその目的を達し得ず、米・英との接近に傾斜した。なおこの年の十二月一日宋美齢(孫文夫人宋慶齢および宋子文の妹)と結婚した。軍事と経済に実力を持つ蒋介石は早くもこの年の末に復職、翌二八年一月再び国民革命軍総司令となり、四月北伐を再開、五月には済南に進んだが日本軍と衝突したためこれを回避し、七月北平(北京)を占領して北伐を完成させた。・・・
[参考文献]
董顕光『蒋介石』(寺島正・奥野正己訳)、毛思誠編『民国十五年以前之蒋介石先生』、陳伯達『人民公敵蒋介石』、張載宇『蒋中正先生思想研究』

蔣介石研究 : 政治・戦争・日本 / 山田辰雄, 松重充浩編著 東京 : 東方書店 , 2013 ISBN:9784497212290
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/25851299.html (2013/09/18確認)
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
中国  (222 9版)
個人伝記  (289 9版)
政治史.事情  (312 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
蒋介石
蔣介石
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000137237解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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