レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018年01月19日
- 登録日時
- 2018/05/16 15:27
- 更新日時
- 2018/05/18 14:30
- 管理番号
- 00001107016
- 質問
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解決
大内家の当主や毛利家の当主たちが高野山に納骨(分骨)されているかどうかが分かる資料はないか。
- 回答
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高野山奥之院の図等から、大内家及び萩毛利家(支藩含む)に関する記述の有無を調査した。
大内家に関する墓石・供養塔等は見当たらなかった。萩毛利家(支藩含む)については以下の墓または供養塔について記述があった。典拠資料成立年の昇順に記述。人物の同定については、『近世防長諸家系図総覧』(田村哲夫 編修,マツノ書店,1980)を参照した。
国立国会図書館デジタルコレクション:『続紀伊風土記』第4輯高野山部上(天保10年(1839年)成立)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/765520/102
102コマ(p195,上段10行目)毛利飛騨守(引用者注:毛利元次(徳山毛利家)か)妻
102コマ(p195,上段15行目)毛利右馬頭(引用者注:毛利輝元か)同代々
103コマ(p196,下段16行目)毛利市正 小早川(引用者注:吉敷毛利家か)
106コマ(p202,下段12行目)吉川元長同元春勝之助(引用者注:吉川広みちか)代々
107コマ(p204,上段8行目)毛利甲斐守先祖(引用者注:長府毛利家か)
107コマ(p204,上段16行目)毛利大和守先祖(引用者注:徳山毛利家か)
国立国会図書館デジタルコレクション:高野山名所図会(明治34年(1907年)刊)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/819309/185
185コマ(p285,11行目) 吉川家墓[周防岩陽]
186コマ(p286,9行目) 毛利家墓[長門府中]
186コマ(p286,10行目) 毛利家墓[周防徳山]
186コマ(p287,11行目) 毛利家墓[長州])
187コマ(p288,14行目) 毛利家墓[長州],小早川家墓[中納言隆景]
「中世武士の墓の終焉と高野山大名墓の成立」(狭川真一,下記資料1『近世大名墓の成立』所収)
『紀伊国金石文集成』(巽三郎, 愛甲昇寛 編著,南紀考古同好会,1974)『同続編』(巽三郎 [ほか]編著,巽三郎,1995)に基づき、16世紀後半の大型五輪塔を抜き出した表があり、「10吉川元治塔」「14吉川元長塔」「16小早川隆景逆修塔」「17小早川隆景夫人逆修塔」が記載されている。なお、『紀伊国金石文集成』『同続編』は未所蔵のため未確認。
また、資料2の「奥の院参道図」には、図中央上(29町石周辺)に「長州毛利家供養塔」が記載されている。
なお、以下の資料の墓所に関する記述を確認したが、高野山納骨に関する記述は見当たらなかった。
『大内義隆』(福尾猛市郎,吉川弘文館,1989)
『大内義隆のすべて』(米原正義編,新人物往来社,1988)
『大内義隆』(米原正義,戎光社出版,2014)
『もりのしげり』(時山弥八,マツノ書店,2015)
追記:以下の資料については未所蔵のため、書誌事項のみ紹介。県内に所蔵があったため、後日、記述内容を確認したところ以下のとおり。
『高野山民俗誌 奥の院編』(日野西眞定,佼成出版社,1990)
「奥之院諸大名石塔記並御宿坊附・御知行附」(文政5年(1822年)奥書、『高野山古絵図集成』(日野西真定 編著, 清栄社,1988)に収録)に基づき、主な供養塔について連記したもの。
p152下段10行目 (毛利)松平大善大夫
p156下段17行目 毛利市正(引用者注:吉敷毛利家か)
p157下段1行目 小早川隆景
p161上段3行目 毛利甲斐守(引用者注:長府毛利家か)
『戦国武将と高野山奥之院』(木下浩良,朱鷺書房,2014)
奥之院で著者が実際に碑文等を調査・確認した124人の石塔を紹介した資料。なお、すべての石塔が調査対象とはなっていないとのこと。
p134-136 吉川元春
p136-137 吉川元長
p155-157 小早川隆景
p157-159 小早川隆景夫人問田大方
- 回答プロセス
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リサーチ・ナビにて、「高野山」「納骨」「分骨」「墓」で検索、「高野山 墓」で以下の事例がヒット
高野山の奥の院に、歴史上に名を残す人のお墓が多数あるが、その配置図が知りたい。(大阪市立中央図書館)
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000109536
紹介されている資料では『高野山を歩く旅』を所蔵。p28に奥の院参道図があり、「長州毛利家供養塔」がみえる。
NDLサーチにて「高野山 奥の院(奥之院)」で検索、以下がヒット
「〈奥の院〉と著名人のお墓 : 戦国武将を中心として」木下 浩良,大法輪 82(5),2015-05 p.132-135」
小早川隆景及び問田大方(といたのおおかた、隆景夫人)が逆修(生前に葬儀を行うこと)して造立した五輪塔について記述がある。また、関係資料として『高野山民俗誌奥の院編』(未所蔵)、『続紀伊国風土記』が紹介されている。後者はNDLデジタルコレクションに収録。
Webcatplusminusにて、「高野山 奥の院」で検索、ヒットした資料のうち、『高野山名所図会』(NDLデジタルコレクション収録)に「奥の院の重なる墓碑と諸遺跡」の項あり。
Cinii Articlesにて「奥之院(奥の院) 高野」で検索、以下の論文がヒット
坂本亮太「文献史料からみる高野山への納骨」(「季刊考古学」 (134),p30-33, 2016-2)
表1「記録にみる高野山への納骨」(11世紀~16世紀)あり。納骨者の中に大内氏なし。
「歴読散歩 高野山奥之院 戦国武将の供養塔 群雄割拠の墓碑めぐり」 (「歴史読本」56(12), p14-17, 2011-12)
地図中に「長州毛利家の供養塔」が見える。
ブラウジング中に『近世大名墓の成立』を発見、参考文献として『戦国武将と高野山奥之院』(未所蔵)が紹介されている。
『高野山民俗誌奥の院編』、『戦国武将と高野山奥之院』は書誌情報のみ回答者に紹介。県内に所蔵があったため、後日取り寄せて中身を確認。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 9版)
- 中国地方 (217 9版)
- 寺院.僧職 (185 9版)
- 参考資料
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1.大名墓研究会 編 , 大名墓研究会. 近世大名墓の成立 : 信長・秀吉・家康の墓と各地の大名墓を探る. 雄山閣, 2014.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I025840193-00 , ISBN 9784639023289 (p22-23) -
2.高野山を歩く旅 : 世界文化遺産山上の伽藍と高野七口をめぐる特選9コース&高野山の宿坊. 山と溪谷社, 2009. (エコ旅ニッポン ; 6)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010869289-00 , ISBN 9784635600422 (p28)
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1.大名墓研究会 編 , 大名墓研究会. 近世大名墓の成立 : 信長・秀吉・家康の墓と各地の大名墓を探る. 雄山閣, 2014.
- キーワード
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- 大内(氏)
- 毛利(氏)
- 大内(家)
- 毛利(家)
- 高野山; 金剛峰寺
- 墳墓--日本--歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000235688