レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20190618
- 登録日時
- 2023/06/01 00:30
- 更新日時
- 2023/06/01 00:30
- 管理番号
- 徳郷20190513
- 質問
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解決
幕末の徳島藩士で江戸留守居役を務めた国学者・森重遠の生年月日が書かれている文献があれば紹介してほしい。
- 回答
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森重遠(雄助、萩園)の名前は以下の資料に出てくる。
【A】『阿波洋学史の研究』
p114、p116、p378 阿波国で初の独立した藩洋学校の創設に関わったことが書かれている。
【B】『阿波最近文明史料』
上記【A】の出典元で、p315の洋学校創設に関する記述の中に名前が出てくる。
【C】徳川林政史研究所HP上で公開している「蜂須賀文書仮目録」
https://rinseishi.tokugawa.or.jp/image_holder02/hachuisuka-mokuroku.pdf(最終確認2023/05/14)
の番号30「大龍公御実記」、番号31号「大龍公御実記附録天保改革略記上」の作成者として名前が記されている。
番号80-1から80-5「蜂須賀家御家記附録 旧語彙集一~五」に森重遠の識語ありと記されている。
【D】『博物館ニュース No.48 2002年10月号』
p2-3「徳島藩の蒸気船」に徳島藩がアメリカのトーマス・ウヲルス・ホール商会を通じて、蒸気船セントロイス号を購入したという記述の中に名前が出てくる。
森重遠は、明治の教育者(音楽)・文部官僚・吃音矯正の第一人者として知られる伊沢修二に娘をとつがせており、伊沢が翻訳したトーマス・ハックスレーの「進化原論」の出版者となっている。
【E】『伊沢修二』
p49に「元蜂須賀藩の国学者森重遠の娘千代と結婚…」との記述があり、またp327の伊沢家略系図の中に「千代(森重遠女)」と記載されている。
徳島藩士、国学者というキーワードから『徳島藩士譜』や『徳島藩家臣団』、『阿波人物志』、『阿波国漢学者詩人出生年次表』などをあたったが、森重遠の名前はなく、生年月日等の記載のある資料は見つけられなかった。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 8版)
- 参考資料
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- 【A】阿波國最近文明史料 (T209カン2B315神河庚蔵/編 臨川書店 1973年)
- 【B】阿波洋学史の研究 (T400サコ1B114,116,378佐光昭二/著 教育印刷 2007年)
- 【D】博物館ニュース 20020100 (T069Lトク112-3徳島県立博物館/編・刊 2002年)
- 【E】伊沢修二 (T289.1イサ49,327上沼八郎/著 吉川弘文館 1988年)
- キーワード
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- 森重遠、森雄助、森萩園
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000333845