レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018年12月3日
- 登録日時
- 2019/11/20 00:30
- 更新日時
- 2019/12/03 13:26
- 管理番号
- 岩手-351
- 質問
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解決
弘化4年と嘉永6年に起きた三閉伊一揆の参加人数を知りたい。
- 回答
-
三閉伊一揆は三閉伊通り一揆とも呼ばれ、盛岡藩政時代に起きた最大規模の百姓一揆である。
特に嘉永6年の一揆は国内でも最大規模のものとなった。
当館所蔵の関連資料から、人数の記載があったものを紹介。
●岩手の百科事典・歴史に関する図書
・『岩手百科事典』岩手放送岩手百科事典発行本部∥編 岩手放送 1978年
「弘化4年(1847)三閉伊通一揆」
p.627 “1万2000人”
「嘉永6年(1853)三閉伊通一揆」
p.627 “1万6000余人”
・『岩手県の歴史』細井計∥[ほか]著 山川出版社 2009年
「弘化・嘉永の大一揆」
p.235~237 弘化4年“1万2000余人” 嘉永6年“1万6000余人”
・『森嘉兵衛著作集 第7巻 南部藩百姓一揆の研究』森嘉兵衛∥著 法政大学出版局 1974年
「弘化四年三閉伊通一揆の激発 一揆の遠野強訴」
p.370 “一万二千有余” *註で、典拠として下記資料①を挙げている。
「嘉永六年三閉伊通伊達領越訴一揆 一揆の激発」
p.446 “一万六千人余” *註で、典拠として下記資料②を挙げている。
①『南部叢書 第4冊』南部叢書刊行会∥編 南部叢書刊行会 1928年
「百姓一揆録」
p.258 “大凡一万千二百人位” ※「一万二千有余」という記述は見つけられなかった。
②『岩手史叢 第5巻 内史畧』岩手県立図書館∥編 岩手県文化財愛護協会 1975年
「后十四」
p.298 “釜石へ入し節 一万已上と見得し 又一万八千五百人余也共云説有”
p.299 “釜石迄は 二万五千人余(略)同所を一万五千人余にて出立”
※「一万六千人余」という記述は、「后十四」では見つけられなかった。
●市町村史
・『釜石市誌 通史』釜石市誌編纂委員会∥編 釜石市 1977年
「弘化四年十一月三閉伊通一揆」
p.337 “一万二千有余”
「嘉永六年五月三閉伊通仙台領越訴一揆」
p.347~348 “二万五千余人、あるいは二万九千余人二万一千余人とあるが、前掲の「内史略」では釜石着のとき一万六千余とある。(略)「三閉伊愁訴記」によると、釜石迄は二万五千人余であったものが、釜石を出立するときは一万五千人余と記してある。”
・『大槌町史 上巻』大槌町史編纂委員会∥編 大槌町役場 1966年
「弘化四年の三閉伊通り百姓一揆」
p.1315~1316 “『梅荘見聞録』では北方の村々百姓四千人と記し、『騒立押寄手扣』では凡そ二、三万の人数と記し、地元史料では一致していない。遠野側の史料では(略)一万二千人の大勢であったと記す。(略)一万五千七百八十九人になったとするもある。”
「嘉永六年の三閉伊通り百姓一揆」
p.1343 “唐丹村に越えた一揆は百三十六ヵ村一万六千二百余人といわれ、八十九ヵ村一万三千余とあり区々であるが”
・『岩泉地方史 下巻』 関口喜多路∥編著 岩泉町教育委員会 1980年
「弘化四年三閉伊通百姓大一揆」
p.154 “二万五千余の大雪崩となって遠野に押寄せた”
「嘉永六年三閉伊通百姓大一揆」
p.212“八十九か村三万人” p.229“三万余人”
・『宮古市史 年表』宮古市教育委員会 1991年
「一八四七 弘化4年」
p.299~300 “11月27日 山田入口で一万人程” “11月28日 大槌入口で一万五千人程” “11月29日 都合三万人程の勢となる、(略)遠野へ行く”
「一八五三 嘉永6年」
p.305~306 “6月3日 人数一万1千二百人、(略)大槌泊り” “6月5日 人数1万九百人、釜石へ行く、(略)一万五千十六人、(略)仙台領へ入る”
・『遠野市史 第3巻』遠野市史編修委員会∥編修 万葉堂書店 1976年
「嘉永6年の大百姓一揆」
p.203 弘化4年“1万五千人” p.209 嘉永6年“三万”
【確認済資料(記載なし)】
・『岩手県史 第5巻』 岩手県∥編 杜陵印刷 1963年 ほか
- 回答プロセス
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1.岩手の百科事典や歴史関連の本で、三閉伊一揆について記載のある部分を確認。
2.一揆が勃発した三閉伊地方や周辺地域の市町村史の該当部分を確認。
- 事前調査事項
- NDC
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- 東北地方 (212)
- 農業史.事情 (612)
- 参考資料
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岩手放送 編 , 岩手放送株式会社. 岩手百科事典. 岩手放送, 1978.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001394209-00 (当館請求記号:K/030/イ1/キ) -
細井計, 伊藤博幸, 菅野文夫, 鈴木宏 著 , 細井, 計, 1936- , 伊藤, 博幸, 1948- , 菅野, 文夫 , 児玉, 幸多, 1909-2007. 岩手県の歴史 第2版. 山川出版社, 2009. (県史 ; 3)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011047404-00 , ISBN 9784634320314 (当館請求記号:K/212.2/イワ) -
森 嘉兵衛/著 , 森‖嘉兵衛. 森嘉兵衛著作集 第7巻. 法政大学出版局, 1974.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I000048595-00 (当館請求記号:K/090/モ2/7-7イ) -
南部叢書刊行会 編 , 南部叢書刊行会. 南部叢書 第4冊. 南部叢書刊行会, 1928.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I003849348-00 (当館請求記号:K/080/ナ1/4) -
岩手県立図書館/編 , 岩手県立図書館. 岩手史叢 第5巻. 岩手県文化財愛護協会, 1975.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I012369971-00 (当館請求記号:K/080/イ3/5ウ) -
釜石市誌編纂委員会/編 , 釜石市誌編纂委員会. 釜石市誌 通史. 釜石市, 1977.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I020337125-00 (当館請求記号:K/261.1/カ2/1-6イ) -
大槌町史編纂委員会 編 , 大槌町(岩手県). 大槌町史 上巻. 大槌町役場, 1966.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036190216-00 (当館請求記号:K/261.3/オ1/1ウ) -
関口 喜多路 編著 , 関口‖喜多路. 岩泉地方史 下巻. 岩泉町教育委員会, 1980.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036578761-00 (当館請求記号:K/265.4/イ4/2ウ) -
宮古市教育委員会 編 , 宮古市教育委員会. 宮古市史 年表. 宮古市教育委員会, 1991.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036141628-00 (当館請求記号:K/265.1/ミ2/4イ) -
遠野市. 遠野市史 第3巻. 遠野市, 1976.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036578715-00 (当館請求記号:K/261.2/ト4/3イ)
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岩手放送 編 , 岩手放送株式会社. 岩手百科事典. 岩手放送, 1978.
- キーワード
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- 百姓一揆
- 三閉伊
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000265465