このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
所沢市立所沢図書館 (2310110)管理番号
(Control number)
所沢富岡-2021-005
事例作成日
(Creation date)
2020/06/25登録日時
(Registration date)
2021年08月27日 00時30分更新日時
(Last update)
2021年08月27日 09時30分
質問
(Question)
昔あったという、浅草の天文台について書かれている本はないか?
回答
(Answer)
浅草の天文台は、天明2(1782)年から明治2年まで、現在の台東区浅草橋3丁目にあったと考えられていて、葛飾北斎の富岳百景の一つ「鳥越の不二」にも描かれています。
以下の資料に記載があります。
 
〇『日本天文名所旧跡案内』 松村巧/著 松村巧 1982年
〇『星に惹かれた男たち』 鳴海風/著 日本評論社 2014年
〇『富岳百景』 葛飾北斎/[著] 岩崎美術社 1986年
〇『近世日本天文学史 上』 渡辺敏夫/著 恒星社厚生閣 1986年
〇『近世日本天文学史 下』 渡辺敏夫/著 恒星社厚生閣 1987年
〇『江戸の天文学』 中村士/監修 角川学芸出版 2012年
〇『江戸時代「生活・文化」総覧』 西山松之助/ほか著 新人物往来社 1992年
〇『図譜江戸時代の技術 下』 菊池俊彦/編 恒和出版 1988年
〇『星の手帖 1981年夏号』 河出書房新社 1981年
回答プロセス
(Answering process)
1.市内所蔵資料の内容を確認する
〇『日本天文名所旧跡案内』 松村巧/著 松村巧 1982年
 p.45-50 「(3) 旧幕時代天文台の位置」の中に
  p.48-49 「○浅草の天文台」の項目あり
   ※「浅草の天文台は天明2年に業務を開始し、明治2年に業務を停止した。(中略)浅草の天文台があった場所は現在の住居表示にすると、台東区浅草橋3丁目19・21・22の合計3番地の区画であったと思われる。天文台は東西45間、南北45間で広さは2,025坪であった。この辺りは明治の中期ごろまでは、天文ヶ原といわれていた。この天文台の中に高さ9mあまりの観測台を築いて簡天儀、象限儀などの観測機器を設置し、天体観測が行われた。」との記載あり
  ※『星の手帖 81年夏号』 p.74 「江戸浅草の司天台と観測機器」(斎藤国治)に詳しく紹介されているとの記載あり
 
〇『星に惹かれた男たち』 鳴海風/著 日本評論社 2014年
 p.111-113 「江戸の天文台の変遷」の項目あり
  p.112-113 「天明二年(一七八ニ) (中略) 五月、佐々木文次郎の子、吉田靱負が浅草片町裏通り空き地への移転を願い出て、十月に普請も完成しました。ここが後に司天台(してんだい)とも呼ばれた浅草の天文台です。(以下略)」との記載あり
 
〇『富岳百景』 葛飾北斎/[著] 岩崎美術社 1986年
 p.244 「80 鳥越の不二」の解説あり
  「鳥越(とりごえ)は浅草の東南方にあった土地。福富町と名づけられた辺で、ここに幕府の天文方が勤める頒暦所、俗に天文台といわれる屋敷があった。頒暦所はもと牛込の藁店(わらだな)にあったのであるが、天明二年(一七八ニ)に当地に移り吉田・渋川両家が世襲で勤めていた。この構内に天文台があり、オルレリー、日本訳渾(こん)天儀、すなわち今でいう天球儀を楼上に備えていた」との記載あり
 p.150 葛飾北斎/作 「鳥越の不二」を収録
 
 
△『日本アマチュア天文史』 日本アマチュア天文史編纂会/編 恒星社厚生閣 1995年
 p.1 「1.黎明期」の項目あり
  ※「江戸後期には京都梅小路にあった中国流の土御門家天文台と、洋学による麻田派の江戸天文台及び大阪間家天文台が公立の天文台で、特に洋学による麻田派の活躍は目覚ましく、多くの精密な観測を残し、寛政、天保改暦の実をあげ、(中略)
 然るに明治維新によって、幕府の天文方は解体され、幕府の浅草天文台も廃されて、その諸機器類は新政府の開成学校に引き渡された」との記載あり
 
△『伊能忠敬』 星埜由尚/監修 平凡社 2018年
 p.128 「葛飾北斎『富岳百景』第3編、天保5(1834)~6年所収「鳥越の不二」より。国立国会図書館蔵」を収録(浅草天文台が描かれている)
 
  
2.追加調査事項
〇『近世日本天文学史 上』 渡辺敏夫/著 恒星社厚生閣 1986年
 p.367-376 「天文台とその属官」の項目あり
  「天文台の詳しい人員のことは分からないが、天保13年においては、浅草の第1天文台に台長1人、観測方8人、補助3人、編歴方8人、補助2人(以下略)」などの記載あり 
 
〇『近世日本天文学史 下』 渡辺敏夫/著 恒星社厚生閣 1987年
 p.474-490 「4.江戸の天文台」の項目あり
  p.482-485 「浅草天文台」の項目あり
  p.485-486 「浅草天文台の終末」の項目あり
 
〇『江戸の天文学』 中村士/監修 角川学芸出版 2012年
 p.76-79 「江戸時代の天文台の役割とは?」の項目あり
 
〇『江戸時代「生活・文化」総覧』 西山松之助/ほか著 新人物往来社 1992年
 p.234-235 「天文学のキーワード」の項目の中に
  p.234 「江戸の天文台」「天文台の現状」の項目あり
 
〇『図譜江戸時代の技術 下』 菊池俊彦/編 恒和出版 1988年
 p.557 「鳥越の不二」(『富岳百景』 葛飾北斎/作)を収録
 p.558 「司天台全図」(『寛政歴書』 渋川景佑)を収録
  ※欄外に解説文あり
 
△『見て楽しむ江戸のテクノロジー』 鈴木一義/監修 数研出版 2006年
 p.123 葛飾北斎/作 「浅草鳥越の図」を収録
 p.124 「幕府天文方浅草天文台の図」を収録
 
 
×『天文学者たちの江戸時代』 嘉数次人/著 筑摩書房 2016年
 ※「天文方」の活動について詳しいが、天文台についての記載は見当たらない
 
×『歴史のなかの天文』 斉藤国治/著 雄山閣 2017年
 p.74-94 「ある幕府天文方の悲劇」の項目あり
  ※「江戸時代の文化・文政期に、江戸浅草司天台にあって活躍した幕府天文方筆頭・高橋景保(かげやす)(一八七五~一八二九)」について書かれているが、天文台についての詳しい記載は見当たらない。
 
 
3.埼玉県内所蔵資料の内容を確認する
〇『星の手帖 1981年夏号』 河出書房新社 1981年 埼玉県立久喜図書館所蔵資料
 p.74-81 「江戸浅草の司天台と観測機器」(斎藤国治)の収録あり
  p.74-76 「司天台の所在」の項目あり
   ※「『寛政歴書』の儀象誌・儀象図によると、司天台地所内には高さ3丈(9m)の築土した台があり、台上に簡天儀・象限儀を据えたとあり、(中略)その他地平上の随所に、圭表儀・測午表儀・子午線儀・蛮製地平経緯儀を据え、それぞれを納める殻社があった」などの記載あり
  p.76-81 「司天台備えつけの観測機器」の詳細説明あり
   ※「圭表儀」「小表儀」「子午線儀」「垂揺球儀」「象限儀」「簡天儀」「黄赤全儀」についての記載あり
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
天文学.宇宙科学  (440 9版)
日本史  (210 9版)
参考資料
(Reference materials)
日本天文名所旧跡案内 松村巧/著 松村巧 1982 440.21
星に惹かれた男たち 鳴海風/著 日本評論社 2014.12 440.21 978-4-535-78758-2
富岳百景 葛飾北斎/[著] 岩崎美術社 1986.2 721.8 4-7534-1245-8
近世日本天文学史 上 渡辺敏夫/著 恒星社厚生閣 1986.6 440.2 4-7699-0569-6
近世日本天文学史 下 渡辺敏夫/著 恒星社厚生閣 1987.1 440.2 4-7699-0570-X
江戸の天文学 中村士/監修 角川学芸出版 2012.8 440.21 978-4-04-653265-7
江戸時代「生活・文化」総覧 西山松之助/ほか著 新人物往来社 1992.3 210.5 4-404-01899-1
図譜江戸時代の技術 下 菊池俊彦/編 恒和出版 1988.11 502.1
星の手帖 1981年夏号 河出書房新社 1981.08
キーワード
(Keywords)
天文台
司天台
頒暦御用所
暦局
浅草
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
その他
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000303708解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter
このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!