レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年5月27日
- 登録日時
- 2020/06/04 13:57
- 更新日時
- 2020/11/26 13:29
- 管理番号
- 県立長野-20-019
- 質問
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解決
北村初子の没年について
- 回答
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不明。
『「信濃の國」物語』 中村佐伝治著 信濃毎日新聞社 1978 【215/ナ】には以下のような記載あり。
<音楽家の羽都子と結婚> p.298-299
「季晴が唱歌教科書を盛んに編集しているところ、橘糸重がバイオリン専修部の卒業生天野羽都子(1880-1960=ハツ・雍子・初子)を紹介して、季晴にその伴奏やピアノ指導を頼んだ。(中略)母は病中であったが、季晴も三十五歳になっている。羽都子は二十六歳で若かったが結婚するようにすすめるので内輪で結婚式を挙げた。」とあったが、没年の日付までわかる資料はなかった。また、初子は羽都子とも書かれていたようだ。
<オルガンの草川宣雄> p.307-308
「羽都子と口論することがよくあり、年々その溝が深まっていった。(中略)羽都子は外好きで家事は嫌いであったから、料理や掃除、子供達の世話一切は多摩(季晴の姉)がやっていた。(中略)大正十年の秋、口論が発展してついに家を飛び出して帰らなかった。季晴も仕方がない去る者は追わずで離別を決意した。」
<録音助手の浪子と再婚> p.308-309
「二十七歳も年下であった浪子と再婚に踏み切ったのは、羽都子が去ってから数か月の後であった。」
- 回答プロセス
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1 北村初子とは北村季晴の妻であるので、両者の名前を人物事典等で確認するが、初子の没年について書いてある資料はなかった。
2 北村季晴は「信濃の国」の作曲者であるので、信濃の国関係の資料を確認すると、『「信濃の國」物語』に北村初子〈旧姓:天野羽都子)の没年に関する記載は見つかった。
3 初子がバイオリンを弾いていたことから 、関係資料を確認したが回答できる資料は見つからなかった。
調査資料
・『北村季晴関係資料目録』 県立長野図書館編・刊 1976 【N762/18】
・『長野県歌 「信濃の国」』 太田今朝秋編・刊 2001 【N767/68】
・『県歌 信濃の国』 市川健夫編 銀河書房 1984 【767/イ】
・『県民の心をつなぐ歌 「信濃の国」』 太田今朝秋著 信濃教育会 2002 【N767/87】
・『実用 ヴァイオリン教本』 北村季晴著 弘楽社 1925 【763/34】
・『対話唱歌 〔1〕』 北村季晴著 弘楽社 1927 【767/71/1】
・『信濃毎日新聞』
・『朝日新聞』
- 事前調査事項
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『信濃教育』 1367号(2000-10)
- NDC
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- 中部地方 (215)
- 声楽 (767)
- 参考資料
- キーワード
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- 北村初子
- 天野羽都子
- 北村季晴
- 信濃の国
- 信濃国
- 信州学
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000282759