レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年03月25日
- 登録日時
- 2012/07/02 11:59
- 更新日時
- 2016/07/13 11:50
- 管理番号
- 埼熊-2012-059
- 質問
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未解決
「伊勢の畠山重忠の家臣帳」を見たい。
国会図書館でみた「矢部一族」という本にそのような記述があった。
- 回答
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「畠山重忠」関連資料や、出典資料にある矢部右馬亮などから調査したが、「畠山家臣帳」に関する記述は確認できず。調査経過を回答する。
- 回答プロセス
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出典資料を確認する
『矢部一族』(日本家系家紋研究所 1977)
p91「伊勢国には、畠山氏の臣に矢部氏あり。畠山家臣帳に、矢部右馬亮を挙げ、長嶋門徒と註すあり。」
参考文献等の記載はなし。
参考図書を調査する
『国史大辞典 11』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1990)
p570〈畠山高国〉(1305-51)の項に、「伊勢守護となって」と記述あり。
高国は、重忠の妻が再嫁し、重忠の名跡を継いだ一門の義純より始まる畠山氏の一族。
「畠山家記」はこの畠山氏の動向。
〈畠山家臣帳〉の項目なし。〈畠山重忠〉の項にも手がかりなし。
『国書総目録 6 補訂版』(岩波書店 1990)
〈はたけやま〉の関係資料に、記述なし。
『日本中世史事典』(阿部猛編 佐藤和彦編 朝倉書店 2008)
関係の記述なし。
『「鎌倉・南北朝・室町」を知る本』(日外アソシエーツ株式会社編 日外アソシエーツ 2009)
p65-66 畠山重忠に関する資料の一覧あり。質問の資料名は見られない。
『姓氏家系大辞典 3』(太田亮著 角川書店 1981)
p6244-6248〈矢部〉の項あり。
p6246に伊勢の矢部氏あり。矢部右馬允の名あり。〈畠山家臣帳〉の記述なし。
p6246「按ずるに主繁は後に右馬允と云ふ、元亀年中の人なり。其の男右馬允(名闕)の(後略)(三国地志)」とあり。
〈名闕〉の〈闕〉は「欠」と同義のよう。(『大漢和辞典 11』p766より)
上記『姓氏家系大辞典』の記述から〈三国地誌〉を調査する
『大日本地誌大系 32 三国地誌 1』雄山閣 1970
p65-66に『姓氏家系大辞典』と同様の記述あり。
〈矢部右馬亮〉を調査する
『鎌倉・室町人名事典』(安田元久編 新人物往来社 1985)
『鎌倉武家事典』(出雲隆編 青蛙房 1981)
『戦国大名家臣団事典 西国編』(山本大編 小和田哲男編 新人物往来社 1981)
『干城録 10』(林亮勝校訂 坂本正仁校訂 人間舎 2000)
p164-167〈矢部〉の項あり。矢部右馬亮なし。
『寛永諸家系図伝 7』(斎木一馬〔ほか〕校訂 続群書類従完成会 1984)
p226-230〈矢部〉の項あり。矢部右馬亮なし。
〈畠山重忠〉関係資料から探すが、家臣帳に関する記述なし。
『大日本史 7 列伝』(義公生誕三百年記念会 1929)
p223-233 「将軍家臣六 畠山重忠」家臣帳に結びつく記述はない。
『畠山重忠 人物叢書 92』(日本歴史学会編 吉川弘文館 1962)
p74 伊勢の国沼田の御厨で起った地頭の押妨について記述あり。
「平家物語」「愚管抄」「源平盛衰記」「吾妻鏡」等の史料名は見られるが、「家臣帳」なし。
『畠山重忠辞典』(川本町教育委員会編 川本町教育委員会 2004)
p3「年表」、文治三年「沼田御厨の代官乱妨のため地頭職重忠訴えられる」とあり。
辞典の項目に、「家臣帳」「矢部右馬亮」なし。
『シンポジウム秩父平氏畠山重忠とその時代』(中世文化財を活用した地域連携事業実行委員会編 中世文化財を活用した地域連携事業実行委員会 2010)の主要参考文献より
『中世武蔵人物列伝 時代を動かした武士とその周辺』(埼玉県立歴史資料館編 さきたま出版会 2006)
畠山重忠の項があるが、関連記述なし。
『武蔵武士 そのロマンと栄光』(福島正義著 さきたま出版会 1990)
p94 文治3年(1187)の沼田御厨事件について詳述あり。文治元年に畠山重忠は伊勢国沼田御厨の地頭となったが、代官の内別当真正を現地に派遣して、地頭職務を代行させていたとの記述あり。
本文中に、矢部氏及び「家臣帳」に関わる記述なし。
『武蔵の武士団 その成立と故地をさぐる』(安田元久著 有隣堂 1984)
「畠山重忠とその一門」の項に、関連記述なし
『武蔵武士 郷土の英雄 下』(成迫政則著 まつやま書房 2004)
p61- 秩父党畠山氏をとりあげているが、関連記述なし。
調査済み畠山重忠関連図書は以下のとおり
『秩父ゆかりの畠山重忠公』(彦久保一光著 彦久保一光 1993)
『畠山重忠』(埼玉県立歴史資料館 2002)
『畠山重忠』(畑やわら編著 大宮 滴翠社 1977)
『菅谷古城主畠山重忠君史輯正編』(山岸章佑著 山岸宗朋 1995)
『畠山重忠と菅谷館址 比企の自然と文化財シリーズ』(比企の自然と文化財を守る会 1972)
『畠山重忠公』(畠山重忠公史蹟保存会編 畠山重忠公史蹟保存会 1977)
『畠山重忠一代記 絵本』(福島茂徳著 川本町教育委員会編 川本町教育委員会 2001)
『干城録 2』(林亮勝校訂 坂本正仁校訂 人間舎 1997)p286-295〈畠山〉の項あり。家臣帳に関する記述なし。
《人物文献索引データ》の検索結果より
『大里郡郷土誌』(下田江東編 聚海書林 1983 大正8年 埼玉民報社刊の復刻)
p54-59 畠山重忠について記述。p468-469 本畠村に、重忠以降の畠山氏所領について記述あり。
『埼玉史談 6』(埼玉県郷土文化会編 国書刊行会 1972)
p197-埼玉郷土物語(4)畠山重忠 p340-埼玉郷土物語(5)畠山重忠
『慈光寺 都幾川』(梅沢太久夫文 杉川明男写真 さきたま出版会 1989 )
『円乗院 与野』(丹治健蔵文・写真 さきたま出版会 1990)
『鎌倉武士の典型畠山重忠』(野口静雄著埼玉県立浦和図書館(製作)〕 〔1994〕)
『埼玉県秩父郡誌 復刻版』 秩父郡教育会編 千秋社 1992 )
『埼玉県誌 上』(埼玉県編 埼玉県 1912 )
本田氏関連資料より 重忠の側近とされる本田親恒関連資料
『武蔵武士 郷土の英雄 続』(成迫政則著 まつやま書房 2007)
『武蔵武士、本田次郎親恒 その生涯と史跡を訪ねて』(本田一二著 本田花子 1994)
インターネットやデータベースで〈畠山家臣帳〉〈矢部右馬亮〉を探すが、関連の記述なし。
《東京大学史料編纂所DB》《日本古典籍総合目録》《国会図書館サーチ》《Google》《Google Books》
『河内守護畠山氏の研究』(森田恭二著 近代文芸社 1993)にも記述なし。
- 事前調査事項
- NDC
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- 系譜.家史.皇室 (288 9版)
- 貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション (090 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 畠山家臣帳
- 畠山 重忠(ハタケヤマ シゲタダ)
- 矢部 右馬亮(ヤベ ウマノスケ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 所蔵調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000108066