レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019/6/12
- 登録日時
- 2019/10/03 00:30
- 更新日時
- 2024/03/29 00:33
- 提供館
- 金沢市図書館 (2310230)
- 管理番号
- 玉川-000756
- 質問
-
解決
【明治前期の石川県の人口について】 大石川県時代の石川県の人口は180万人ほどいて、日本で一番多かったと聞いているが、その数字の載っている資料はあるのか。
- 回答
-
ここでいう「大石川県」とは、現在の富山県全域、福井県の一部も石川県に含まれていた時期のことを指す。
石川県の県域の変遷については、『図説金沢の歴史』(109173982)p.115に記されている。同書によると、明治9年(1876)8月~明治14年(1881)1月が「大石川県」の時代になる。
明治以降大正9年(1920)の国勢調査開始以前の人口統計については、以下の資料にまとめられている。
速水融『歴史人口学の世界』(111818770)p.98~105
同書に記載のある『国勢調査以前日本人口統計集成』は当館に所蔵なし。
明治13年~『日本全国人口表』(明治15~19年は『日本全国戸口表』)が作成されていた旨が記されている。
その他、同著者の以下の論文がインターネット上で公開されている。
『日本研究 9号』「明治前期人口統計史年表」※日文研オープンアクセスで閲覧可能
【URL】https://nichibun.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=884&item_no=1&page_id=41&block_id=63
『日本学士院紀要 68-1』「国勢調査以前の人口調査」※J-STAGEで閲覧可能
【URL】https://www.jstage.jst.go.jp/article/tja/68/1/68_KJ00008713261/_pdf/-char/ja
国立国会図書館デジタルコレクションで上記の資料を検索。
『日本全国民籍戸口表 明治13年』が公開されており、p.42~43に石川県の郡別人口がまとめられている。合計欄には「一八三三、七七八」と記載されている。
【URL】https://dl.ndl.go.jp/pid/805937/1/22
『明治大正国勢総覧』(129359800)p.637「地方別現住人口表」に明治13年始の各県の本籍人口がまとめられている。石川県は1,833,778となっている。
『地域経済統計』(11053831)に国別及び府県別人口が収録されている。「大石川県」時代の統計もあるが、旧国名ごとの人口もしくは現在の県域での人口表記となっている。
以下の統計資料には、「大石川県」時代の人口の記載なし。
『日本統計年鑑 第68回』(113683660)明治前期の人口は全国のもののみ記載。都道府県別は大正9年以降収録。
『日本長期統計総覧 第1巻』(11094333)明治17年以降の都道府県別人口が収録(毎年ではない)。
『都道府県の人口 その17 石川県の人口』(129364140)大正9年以降(国勢調査)の人口を記載。
総務省統計局ホームページ「日本の長期統計系列」の「都道府県、男女別人口」は明治17年以降の人口を記載。
【URL】https://www.stat.go.jp/data/chouki/02.html
政府統計の総合窓口e-Stat「我が国の推計人口」大正9年以降の人口を記載。
【URL】https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200524&tstat=000000090001&cycle=0&tclass1=000000090004&tclass2=000000090005
『調査資料 第3輯 (明治五年以降我国の人口)』明治5年の各県人口の記載あり。※国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能。
【URL】https://dl.ndl.go.jp/pid/1452778/1/1
「明治五年以降我国の人口」の推計方法については、『日本人口論』(112006583)p.9に記載がある。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000262268