レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2011年10月05日
- 登録日時
- 2016/12/25 09:41
- 更新日時
- 2018/04/07 16:06
- 管理番号
- 20161255
- 質問
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良弁の父と言われている染屋時忠に関する資料はないか
- 回答
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染屋時忠は、藤原鎌足の子孫で、文武天皇の時代から聖武天皇の時代まで鎌倉に住んでいたといわれる伝説的な人物です。
「古記録からみた大山信仰の諸相 ―「大山寺縁起絵巻」・『大山不動霊験記』を中心にして」(川島 敏郎) では「この人物に比定される人物として、この当時に実在した漆部直伊波を挙げることができる」としています。
また、相原精次氏の著作が詳しく考察しています。
以下の資料をご覧ください。
- 回答プロセス
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キーワード 染屋時忠・良弁・由比長者
①『国史大辞典』 良弁の出自について、近江説と相模説があるが近江が有力、と記載あり。
②『人物レファレンス事典』、『神奈川県史 別編1人物』なし
③『人物レファレンス事典郷土人物編』には、『鎌倉事典』に情報があることが記載されている。
④『鎌倉事典』P184 「染屋時忠」
鎌倉の始祖的人物 生没年未詳
『大山寺縁起』 開基良弁は鎌倉由伊郷の人、俗称漆部氏、当国良将染屋太郎太夫時忠の子
『詞林采葉抄』 鎌足の玄孫屋太郎太夫時忠東大寺良弁僧正の父なり。文武御宇より聖武天皇神亀
年中まで鎌倉に居住、東八カ国総追捕使にて東夷を鎮め国家を守り奉る
⑤『新編鎌倉志』 巻5 P100 ○塔辻
由比長者太郎太夫時忠というもの、三歳の子を鷲につかまれ、方々尋ね求めて道路に棄てたる骨肉のあるところごとにこれやわが子の骨肉ならんかとて、菩提のために立てたる石塔なり。
『詞林采葉抄』の記載を引いているが、未詳としている。
⑥K1 388.1『かまくらむかしばなし』P122 由比の長者の伝説
⑦相原精次氏の著作
※2017年 新しい資料が出たのでそれを追加。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 「大山寺縁起絵巻」(『伊勢原市史 資料編 続大山』伊勢原市史編纂委員会 伊勢原市 1994年【K4 210.1】P2~)
- 『鎌倉事典』白井永二 東京堂 1976年 【K1 031】
- 「古記録からみた大山信仰の諸相 ―「大山寺縁起絵巻」・『大山不動霊験記』を中心にして」川島 敏郎(「神奈川県立公文書館 紀要 第6号』http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f100108/p10531.html)2016年12月25日確認
- 『鎌倉史の謎』 相原精次 彩流社 1988年 【210.42】
- 『図説「鎌倉史」発見』 相原精次 彩流社 2006年 【291.3】
- 『新編相模国風土記稿 第六巻(大日本地誌大系)』雄山閣 1998年 P100下段 塔辻,P191下段 塔ノ辻
- 『かまくらむかしばなし』沢寿郎 かまくら春秋社 【388.1】 P122~ 由比の長者
- 『鎌倉・大山における「染屋時忠」伝説』(神奈川大学大学院 歴史民俗資料研究科 2016年度修士論文 )西田英明
- 『神奈川県昔話集 2』 神奈川県教育委員会/編 1968 【K0 388】 P272 鷲にさらわれた赤子
- キーワード
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- 染屋時忠 そめや ときただ
- 良弁 ろうべん りょうべん
- 由比長者 ゆいのちょうじゃ
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000204873