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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000249072
提供館
(Library)
塩尻市立図書館 (2310060)管理番号
(Control number)
塩尻402
事例作成日
(Creation date)
2018年11月05日登録日時
(Registration date)
2018年12月22日 22時04分更新日時
(Last update)
2019年01月12日 18時07分
質問
(Question)
オペラ歌手マリア・カラスの生い立ちなどを知りたい。ラジオ深夜便で歌声を聴いて知りたくなった。
回答
(Answer)
当館所蔵の資料1~5を案内。また データベース「ジャパンナレッジ」で基本情報を提供。

「カラス(からす)」Maria Callas [1923―1977] (ギリシアのソプラノ歌手。ギリシア系移民の子として、12月3日ニューヨークに生まれる。15歳のときギリシアに移り、アテネ音楽院で学び、1941年アテネ歌劇場でプッチーニの『トスカ』でデビュー。47年北イタリア、ベローナのオペラ祭で一躍有名となり、イタリア各地の歌劇場でベルディやワーグナーのオペラを歌うようになったが、指揮者セラフィンの勧めで、19世紀前半からベルディまでのイタリア・オペラを中心にするようになり、劇的に彫琢(ちょうたく)された演技、ベルカントの歌唱様式の理想、役に対する知的な解釈が一体となった演奏スタイルをつくりあげた。
 とくに1950年代のカラスは、流麗さと多彩な声質を駆使し、人物の深い心理表現を探究するのに成功した。しかし、60年代には声に変調をきたすことが多くなり、しばしば公演をキャンセルした。65年ロンドンのコベント・ガーデン王立歌劇場で『トスカ』を歌ったのを最後にオペラの舞台から引退。70年にはパゾリーニ監督の映画『王女メディア』に出演。以後はときおり教育活動と演奏会を続け、73年(昭和48)にはディ・ステファノとのジョイント・リサイタルで来日した。77年9月16日パリで没。(この内容は【資料8】ジャパンナレッジより)
回答プロセス
(Answering process)
本のジャンルを示す「日本十進分類法(NDC)」で7類「芸術・スポーツ」ジャンル、762.5「オペラ」の書棚をブラウジング。
また データベース「ジャパンナレッジ」にもあたった。
https://japanknowledge.com/library/( 最終確認2018年12月22日)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
音楽史.各国の音楽  (762)
劇音楽  (766)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】クリスティーナ・G・キアレッリ、吉岡 芳子『マリア・カラス情熱の伝説』新潮社. 1987年 766/キ, ISBN 4-10-519901-3
【資料2】ナディア・スタンチョフ、蒲田 耕二『マリア 回想のマリア・カラス』音楽之友社. 1989年 762.5/ス, ISBN 4-276-21764-4
【資料3】ユルゲン・ケスティング、鳴海 史生『マリア・カラス (叢書・20世紀の芸術と文学)』アルファベータ. 2007年 762.5/ケ, ISBN 978-4-87198-458-4
【資料4】永竹 由幸『マリーア・カラス 世の虚しさを知る神よ』東京書籍. 2007年 762.5/ナ, ISBN 978-4-487-80035-3
【資料5】『マリア・カラス 伝説から神話になったディーヴァ (KAWADE夢ムック)』河出書房新社. 2014年 762.5/カ, ISBN 978-4-309-97844-4
【資料6】データベース「ジャパンナレッジ」より『日本国語大辞典』
「カラス」(Maria Callas マリア─) (アメリカに生まれた、ギリシア系のソプラノ歌手。イタリアオペラを得意とし、美声と演劇的感覚をかねそなえた名プリマドンナとして知られた。(一九二三〜七七))
【資料7】データベース「ジャパンナレッジ」より『デジタル大辞泉』
「カラス【Maria Callas】」 ([1923~1977]米国生まれのギリシャ系ソプラノ歌手。イタリアオペラを中心に活躍し、多彩な声質と深い演技力で世紀のプリマドンナと称された。)
【資料8】データベース「ジャパンナレッジ」より『日本大百科全書(ニッポニカ)』
「カラス(からす)」Maria Callas [1923―1977] (ギリシアのソプラノ歌手。ギリシア系移民の子として、12月3日ニューヨークに生まれる。15歳のときギリシアに移り、アテネ音楽院で学び、1941年アテネ歌劇場でプッチーニの『トスカ』でデビュー。47年北イタリア、ベローナのオペラ祭で一躍有名となり、イタリア各地の歌劇場でベルディやワーグナーのオペラを歌うようになったが、指揮者セラフィンの勧めで、19世紀前半からベルディまでのイタリア・オペラを中心にするようになり、劇的に彫琢(ちょうたく)された演技、ベルカントの歌唱様式の理想、役に対する知的な解釈が一体となった演奏スタイルをつくりあげた。
 とくに1950年代のカラスは、流麗さと多彩な声質を駆使し、人物の深い心理表現を探究するのに成功した。しかし、60年代には声に変調をきたすことが多くなり、しばしば公演をキャンセルした。65年ロンドンのコベント・ガーデン王立歌劇場で『トスカ』を歌ったのを最後にオペラの舞台から引退。70年にはパゾリーニ監督の映画『王女メディア』に出演。以後はときおり教育活動と演奏会を続け、73年(昭和48)にはディ・ステファノとのジョイント・リサイタルで来日した。77年9月16日パリで没。[美山良夫])
キーワード
(Keywords)
マリア・カラス
マリーア・カラス
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査
内容種別
(Type of subject)
マリア・カラス 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000249072解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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