レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年12月02日
- 登録日時
- 2022/03/02 15:46
- 更新日時
- 2022/03/02 15:47
- 管理番号
- 千県中千葉-2021-05
- 質問
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解決
千葉大学の前身である千葉県師範学校、千葉県女子師範学校、千葉青年師範学校について、創立からの歴代校長とその在任期間がわかる資料はあるか。
- 回答
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まず、ご質問の師範学校について、それぞれ創立からの沿革を確認しました。
【資料1】『百年史 千葉大学教育学部』(百年史編集委員会編集 百年史刊行会 1981)p1-451によると、各師範学校の沿革の概略は以下の通りです。
<千葉県師範学校>
明治7年5月「千葉師範学校」として創立。明治19年10月「千葉県尋常師範学校」となる。明治31年4月「千葉県師範学校」と改められる。昭和18年4月、千葉県女子師範学校と一本化され、「官立千葉師範学校」の男子部となる。昭和24年5月、千葉大学に統合される。
<千葉県女子師範学校>
明治10年9月「千葉女子師範学校」として創立。明治17年6月、千葉師範学校に統合され「千葉師範学校女学部」となる。明治19年10月「千葉県尋常師範学校女子部」、明治31年4月「千葉県師範学校女子部」となる。明治37年4月「千葉県女子師範学校」設立。昭和18年4月、千葉県師範学校と一本化され、「官立千葉師範学校」の女子部となる。昭和24年5月、千葉大学に統合される。
<千葉青年師範学校>
大正9年に設置された「茂原農学校附属農業教員養成科」を起源とする。大正10年4月「千葉県実業補習学校教員養成所」、昭和10年4月「県立青年学校教員養成所」となる。昭和19年4月、国に移管されて「官立千葉青年師範学校」と改められる。昭和24年5月、千葉大学に統合される。
続いて、各師範学校について、創立からの歴代校長を調査しました。
千葉県師範学校・千葉県女子師範学校については記念誌を所蔵しており、その中で明治から大正年間の歴代校長・在任期間がわかりました。また、【資料1】にも記述があり、この2校の昭和以降の歴代校長・在任期間と千葉青年師範学校の歴代校長・在任期間が、部分的にわかりました。
<千葉県師範学校>
【資料2】『創立六十周年記念千葉県師範学校沿革史』([千葉県師範学校編] 千葉県師範学校 1934)
(国立国会図書館デジタルコレクションインターネット公開 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1464930)
巻末の附録p9-14に「創立以来ノ旧職員(昭和九年九月調査)」の一覧があり、校長についてはp9に明治7年6月から大正15年3月まで掲載されています。在職年月がわかります。
【資料3】『創立六十周年記念誌』(千葉縣師範學校養氣會 1935)
巻末の「雑録」のうちp1-7に「旧職員表」があり、校長は明治7年6月から大正15年3月まで掲載されています。就職年月、退職年月がわかります。
【資料1】「男子師範学校史」p1-132
全体の文章の中で、明治7年6月から昭和10年10月までの校長の名前・顔写真等が紹介されています。就職年月も概ね書かれています。
【資料1】「戦時下の師範学校史」p251-431
p269-271「戦時下の校長と学校経営」のうちp269に、戦時下の千葉県師範学校の校長名と在任年月が書かれています(昭和10年10月から昭和18年4月まで)。
<千葉県女子師範学校>
【資料4】『創立三十五年記念帖』([千葉県女子師範学校編] 千葉県女子師範学校創立第三十五週年記念会 1912)
p5-8に「旧職員」の一覧があり、学校長(総理)については明治10年9月から明治45年2月まで掲載されています。原籍と在職年月がわかります。
p33-35に「現在職員」の一覧があり、学校長は「安藤季雄」、就職年月は「明治四十五年二月」となっています。
【資料5】『創立五十周年記念号』([千葉県女子師範学校編] 千葉県女子師範学校同窓学友会 1927)
p55-60に「旧職員名簿」があり、氏名の五十音順に並んでいます。校長についても住所、就職年月日・辞職年月日、氏名がわかります。情報は大正年間までです。
p52-53に「本校現職員(大正十五年十月現在)」の一覧があり、学校長は「小松原伊十郎」、就職年月日は「大正一五・三・三一」となっています。
【資料1】「女子師範学校史」p133-213
p199-201「大正期学校経営と訓育の発展」のうちp199に、千葉県女子師範学校としての独立(明治37年4月)後の校長名が書かれており、一部の人物については在任した年も記されています(大正15年まで)。
【資料1】「戦時下の師範学校史」p251-431
p269-271「戦時下の校長と学校経営」のうちp269に、戦時下の千葉県女子師範学校の校長名と在任年月が書かれています(昭和10年3月から昭和18年4月まで)。
<千葉青年師範学校>
【資料1】「青年師範学校史」p215-249
p222に青年学校教員養成所の記述として「初代の校長は鴫原篤二」、p230に「校長は鴫原先生のあとをついで宮瀬睦夫先生になった」とあります。またp237には、昭和21年度から昭和23年度までに在任していた教官として「水野治隆(校長)」の名前があります。なお、青年師範学校の記述は、旧教官と卒業生が回顧したものであり(p221)、校長の在任期間がはっきりとわかる記述はありませんでした。
また、千葉県師範学校・千葉県女子師範学校・千葉青年師範学校の県立期のうち大正13年から昭和16年までの校長については、当館所蔵の【資料6】『千葉県職員録』(千葉県知事官房、千葉県総務部)で確認できました(欠号の昭和8年を除く)。【資料6】の昭和17年版は欠号、明治9年版から大正12年版まで及び昭和18年版には師範学校の職員は掲載されていませんでした。
官立千葉師範学校(昭和18年~昭和23年)の校長については、【資料7】『職員録』(内閣印刷局)で昭和18年のみ見つかりました。国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1450969)千葉師範学校は92コマにあります。
官立千葉青年師範学校(昭和19年~昭和23年)の校長については見つかりませんでした。
- 回答プロセス
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各師範学校の記念誌を探すため、千葉県立図書館ホームページ「図書・雑誌・視聴覚資料検索」を、資料種別「千葉県資料」、出版者「師範学校」で検索。【資料2】~【資料5】がヒット。
千葉大学ホームページにて沿革を確認。「沿革」のページ(https://www.chiba-u.ac.jp/general/outline/history.html)に沿革図あり。これを見ると、質問の三校は現在の教育学部につながっていることがわかる。
千葉県立図書館ホームページ「図書・雑誌・視聴覚資料検索」を、資料種別「千葉県資料」、全項目「千葉大学 教育学部」で検索。【資料1】がヒット。
当館所蔵の『千葉県職員録』を確認。明治9年~大正12年については師範学校職員の情報は掲載されていなかった。
官立期(昭和18年~昭和23年)の職員の情報を得るため、リサーチ・ナビ「日本-官庁職員(公務員)の名簿」(https://rnavi.ndl.go.jp/politics/entry/JGOV-meibo.php)の『職員録』大正~昭和戦前期を確認。師範学校職員について掲載されているのは昭和18年のみだった。官立千葉青年師範学校の職員は見つからなかった。
千葉県の教育史をまとめた『千葉県教育史』(千葉県教育会編 青史社 1979)のうち巻2~5の「師範学校」の項目にも歴代校長の記述はあるが、時代ごとに巻が分かれていて一覧性がないため紹介しなかった。
当館ホームページで公開している千葉県関係のデータベース「菜の花ライブラリー」を「師範学校」で検索したが、歴代校長についてわかりそうな情報はなかった。
(インターネット最終アクセス:2021年12月4日)
- 事前調査事項
- NDC
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- 大学.高等.専門教育.学術行政 (377 9版)
- 参考資料
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- 【資料1】『百年史 千葉大学教育学部』(百年史編集委員会編集 百年史刊行会 1981)(9200290735)
- 【資料2】『創立六十周年記念千葉県師範学校沿革史』([千葉県師範学校編] 千葉県師範学校 1934)(9200084076)
- 【資料3】『創立六十周年記念誌』(千葉縣師範學校養氣會 1935)(9200345780)
- 【資料4】『創立三十五年記念帖』([千葉県女子師範学校編] 千葉県女子師範学校創立第三十五週年記念会 1912)(9200100661)
- 【資料5】『創立五十周年記念号』([千葉県女子師範学校編] 千葉県女子師範学校同窓学友会 1927)(9200082741)
- 【資料6】『千葉県職員録』(千葉県知事官房、千葉県総務部)
- 【資料7】『職員録 昭和18年7月1日現在』(内閣印刷局編 内閣印刷局 昭和16-18)
- キーワード
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- 千葉県師範学校(チバケンシハンガッコウ)
- 千葉県女子師範学校(チバケンジョシシハンガッコウ)
- 千葉青年師範学校(チバセイネンシハンガッコウ)
- 千葉大学教育学部(チバダイガクキョウイクガクブ)
- 千葉県-教育(チバケン キョウイク)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000312943