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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000261927
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2019-0015
事例作成日
(Creation date)
2019/09/13登録日時
(Registration date)
2019年09月30日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年09月30日 00時30分
質問
(Question)
関連で慶応四年六月十五日夜に発生した長浜の今津屋事件について調べています。
地元ならではの視点から記述した史料や、地域研究で言及した論文などをお知らせください。

例えば、当時彦根藩領であった長浜の強盗殺人事件が、なぜ京都府の管轄となり捜査主体となり得たのか。
 
 ※調査済資料:京都府史料(国立公文書館デジタルアーカイブ) →事件の概要や実行犯の口供書など
          「相楽総三・赤報隊史料集」西澤朱美編 マツノ書店2008刊 
          「京都の歴史 7」京都市1974
          「長浜市史」第三巻 町人の時代 長浜市1999 p.495-496 


  
●その質問の出典や情報源、調査済み事項など
回答
(Answer)
2012年に類似の質問を受け、国会図書館のレファレンス協同データベースに、当時の回答を掲載しています。
そのURLは次のとおりです。
  https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000108911

それと重複しますが、現時点で当館が調査した結果を記します。
(なお、下記引用文における原文は漢数字で表記されていますが、読みやすさを鑑み、すべてアラビア数字に直しています。)

 結論から申し上げると、まず、なぜ今津屋事件が京都府の管轄となったのかについて、その理由は不明です。
『近江長濱町志』は当館に所蔵があります。同書第3巻・本編・下巻の520-521頁に、伊牟田尚平を主犯とした今津屋事件の詳細が記載されています。
「(前略)慶応4年3月7日夜、河崎源四郎宅に盗賊忍入り、金銭米札を盗取り、6月15日夜は、下船町今津屋弥十郎方へ強盗15人計り、鉄砲抜刀にて、菊の紋の提灯を携へ、金子4千両余を盗取り、弥十郎に負傷せしめて逃去り、稲荷町常七といへるもの(※今津屋の居候者――引用者註)は、その鉄砲に当りて即死せり。町奉行よりは津村左平太の組下25人を出張せしめ、一心寺に宿泊して当町の警衛に任ぜしめたり。8月5日夜帯刀乱髪に後鉢巻をなし、鉄砲を持ち、河崎源四郎宅に来り、軍用金入用なりとて、金子12両を強奪し、源三郎(※原文ママ)をして北出町小右衛門方へ案内せしむ。源三郎途中にて賊の帯刀を抜取り平打にしたるに、その儘逃去りたれば、その刀を持帰りぬ。その夜金谷町升善方にて金子15両余、同町柏常方にて12両余を盗取りしも、皆此賊なりき、番人惣吉之を追ひ、大垣にて捕押へたりといふ。26日昼……(中略)四郎右衛門方へ帯刀者二人供一人を伴ひ来り、関東へ趣く(※原文ママ)ものなるが、路用に差閊へたれば借用したしといひたるが、町年寄等取調べ、彦根藩のものと判明し、引渡したりき。(知善院日記、役用手控留)」
 そこで捕縛された伊牟田は、野口武彦著『大江戸曲者列伝』によると「翌明治2年(1869)7月19日、伊牟田尚平は京都で処刑され、粟田口で晒し首にされた。」

 しかし、『明治維新人名事典』の伊牟田尚平の項には、その最後が次のように記されています。
「(前略)しかるにこのころ京都や大津で辻斬り強盗が起り、それが尚平の部下であるという責任を負わされ、京都二本松の藩邸で自刃させられた。年37。尊攘志士として維新の夜明けを迎えようという時期に無実の罪で殺された尚平をいたんで、郷里(※鹿児島県指宿郡――引用者註)の喜入には記念碑が残っている」

 このように、伊牟田尚平の捕縛の経緯および彼の死に関しても詳細が異なっています。
 この点に疑問を持たれた安藤良平氏は「国事鞅掌者の映像」という論文で、明治2年の京都府史料刑賞之部の覚書にある伊牟田の口供書と、そこに添えられた「附存原註朱書ニ曰ク己7月19日於粟田口梟首申付候事」を引きながら、彼の捕縛の経緯とその最後が上記『近江長濱町志』の記述通りであることを確認しています。
(この論文は、国立国会図書館の「デジタル化送信サービス」で全文閲覧可能です。必要な場合は、お近くの図書館にお問い合わせください。)

 ただ、上記論文に引用された伊牟田の口供書を確認しても、捕縛の経緯について記載がなく、可能性として、上記『近江長濱町志』記事の出典である「知善院日記」にあたることが一つの手立てであると思われます。
 しかしながら、「知善院日記」そのものは、書籍化されておらず、国立国会図書館ほか各種図書館や専門機関にも所蔵のデータがありません。
 知善院に確認しましたが、同日記の存在自体を知らず、所蔵もない、との回答でした。
 そこで長浜市にある長浜町歴史博物館に問い合わせたところ、知善院日記は2冊を同館に寄託されて所蔵しているが、記載年が「文化」(1804年-1818年)までで、当該事件が発生した「慶応」年間の日記は所蔵していない、とのことでした。
 また、当館では、『府県史料滋賀県史1』はマイクロフィルムで所蔵していますが、個別の事件についての記述は見当たりませんでした。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 近江長濱町志 第3巻 本編 下 中川泉三∥編 中澤成晃∥[ほか]校訂 臨川書店 1988年 S-2161-3 pp.520-521

2 明治維新人名辞典 日本歴史学会∥編 吉川弘文館 1981年 R-2810-メ p.122-123

3 大江戸曲者列伝 幕末の巻 野口武彦∥著 新潮社 2006年 3-2105-ノ pp.135-140

1 長谷川伸全集 第7巻 長谷川伸∥[著] 朝日新聞社 1971年 2-9186-7 p.316

2 維新人物学 林青梧∥著 全日出版 2001年 3-2106-ハ p.118
キーワード
(Keywords)
伊牟田尚平
山口修理
山口務
今津屋弥十郎
稲荷町常七
川崎源四郎
相楽総三
今津屋事件
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
復刻版の「近江長浜町志」に記述があったような記憶があるとのこと。
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000261927解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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