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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000250919
提供館
(Library)
沖縄県立図書館 (2110045)管理番号
(Control number)
1002887
事例作成日
(Creation date)
20170429登録日時
(Registration date)
2019年02月01日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年02月01日 00時30分
質問
(Question)
沖縄戦時、司令部がエルドラド号から移動した場所を知りたい。
回答
(Answer)
1.
参考資料①~③から、バックナー中将は、1945年4月18日正午に、司令部をエルドラド号からUchi村の近郊(嘉手納飛行場から約2~3マイル南西)に移動した。

2.
参考資料①より、Uchi村は、嘉手納飛行場から数マイル南西。
参考資料④より、アイスバーグ作戦の地名集でUchiから始まるのは、「Uchima 内間」と「Uchitomari 宇地泊」。
参考資料⑤より、1945年4月18日、第二十七師団は宇地泊北の野営地に滞在し、戦線を確保しているのは牧港入江北側。

内間は、浦添市および西原町にある。
Uchi村が嘉手納飛行場より南西、および牧港より北側であると予想される為、浦添市および西原町の内間ではないと考えられる。

宇地泊(宜野湾市)は、嘉手納飛行場の南西に位置する。
宇地泊は嘉手納飛行場から約2~3マイルより若干離れているが、司令部があった場所が約2~3マイルなので矛盾はしない。
1945年4月18日、第二十七師団が宇地泊北に野営していた点とも一致する。

以上の事から、Uchiは、宇地泊であると考えられる。
しかし、当館の資料では、司令部が移動した先を明記した資料を確認できなかった。

参考資料:

『The Ultimate Battle』(Bill Sloan∥著、Simon & Schuster、[c2007])
p131 「By April 18, the needed ammunition had arrived, and, in anticipation of the coming assault, set for the next morning, Buckner moved his headquarters from the cruiser Eldorado to a site near the village of Uchi, a couple of miles southwest of Kadena airfield.」の記述がある。


『沖縄戦アメリカ軍戦時記録 第10軍G2秘レポートより』(上原 正稔∥訳編、三一書房、1986.7)
p83 「四月十八日 晴れ。アメリカ軍の戦況 第10軍司令部は、正午にエルドラド号を離れ、陸上に司令部を設置する。」の記述がある。


『琉球大学欧米文化論集 第42号』(琉球大学法文学部//編・刊、1997.12)
p63-113 「Lt. Gen. Simon Bolivar Buckner: Private letters relating to the Battle of Okinawa. A.P. Jenkins」の論文で、p84 「April 17, 1945 Heretofore I have been spending most of my days ashore but sleeping on the command ship with Adm. Turner. Tomorrow I will move permanently ashore, now that I have all my wire lines and other communications installed.」の記述がある。


『史料編集室紀要 第26号』(沖縄県文化振興会公文書管理部史料編集室∥編、沖縄県教育委員会、2001.3)
p221-240 「アイスバーグ作戦軍事用語・略語及び地名集」で、p239 「Uchima 内間」と「Uchitomari 宇地泊」の記述がある。


『沖縄 第二次世界大戦最後の戦い』(アメリカ陸軍省戦史局∥編、喜納/健勇∥訳、出版舎Mugen、2011.3)
p204 「四月一八日、午後の明るく暖かい太陽の下で、第二十七師団の歩兵たちは、宇地泊北の野営地で、武器を点検し、ベルト・装着帯・弾帯と格闘していた。」の記述がある。
p209-210 「第二十七師団の予備攻撃(四月一八日)」の項目で、p209 「牧港入江北側の戦線を確保している第二十七師団」の記述がある。
→ 牧港入江北側が、「宇地泊」。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
社会科学  (3)
参考資料
(Reference materials)
The Ultimate Battle Bill Sloan/著 Simon & Schuster [c2007], ISBN 0743292474 (p131)
沖縄戦アメリカ軍戦時記録 上原 正稔/訳編 三一書房 1986.7 (p83)
琉球大学欧米文化論集 第42号 琉球大学法文学部/編 琉球大学法文学部 1997.12 (p63-113)
史料編集室紀要 第26号 沖縄県文化振興会公文書管理部史料編集室/編 沖縄県教育委員会 2001.3 (p221-240)
沖縄戦 アメリカ陸軍省戦史局/編 出版舎Mugen 2011.3, ISBN 4-9904879-7-3 (p204,209-210)
キーワード
(Keywords)
バックナー
宇地泊
エルドラド号
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000250919解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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