レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019年2月1日
- 登録日時
- 2019/06/06 12:55
- 更新日時
- 2019/06/13 13:03
- 管理番号
- 0000110774
- 質問
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解決
「山口県訓令第15号 山口県下女子中等学校生徒制服委統一の件」(昭和7年6月3日)の定められた経緯(理由)について知りたい。
- 回答
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同訓令の制定理由について、明確に示している資料は見当たらなかった。
なお、下記資料1によると、昭和5年通常議会にて、中等学校(男子)の制服統一に関して、当時の学務課長は学費低減が目的と答弁している。また、資料2によると、この男子制服の統一について検討した組織と思われる「山口県中等学校男子生徒帽子服装統一委員会」が、「統一規格品の大量生産で安価に供給、学費節減と服装及び生活の簡素化を図り、教育上、訓育上の効果をも期待する」とした、とある。とある。女子についても同様の理由とも考えられる。
資料1の昭和5年通常議会(昭和5年11月24日~12月23日)にて、姫井伊助議員が教育関係18項目の質問を行い、その10番目に(中等学校の)制服の統一についての質問がある。内容は、夏服・冬服を同一生地とし、大小を号数とすること、そうした場合の従来の服代との比較、女学校及び小学校への適用の可能性、地元の洋服店との関係、生地は県内製品を使う可能性について。これに対して白石学務課長が答弁し、服装統一は目下検討中、委員会案としては男子中等学校に実施、主に学費低減が目的、岩国義斉堂製品を用い、民業圧迫することはない、とのこと。
これに先立ち、資料3「馬関毎日新聞」昭和5年9月21日2面に、「民業圧迫だと 県当局に反省を求む 中等学生の制服統一に関し 山口市内の洋服商一富士に会合 近く大々的に反対運動」の記事がある。内容は、県が来年4月から制服を導入することに対する洋服商の反対運動についてのもので、制服による学費節減はおかしい、と主張したとある。
また、資料4「馬関毎日新聞」昭和6年1月30日3面には、「県産品を用ひて 中学生服装統一 新学年から愈よ実施 見本を山口中学生徒で試験」の記事がある。内容は、広島被服廠に研究依頼していた制服見本が完成、服地は県内産(岩国町義斉堂製の小倉服地)で安価(従来品の半値)、山口中学校で試験したうえ、新学期から採用とある。
女学校については、資料5「馬関毎日新聞」昭和6年7月18日夕刊5面に、「紺サージのセーラー型に統一 ネクタイで学校色分け 女学生制服委員会」の記事がある。内容は、第1回の県下女子中等学校生徒制服統一委員会が県庁で開催、広島被服廠立花中佐、女学校長等が参加、協議の結果、冬服は大阪府立女学校の制服と同じ生地の紺サージを用いてセーラー型とすること、ネクタイの色は各学校で選ぶこと、次回夏服の協議を行うこと等が決まった、とある。
これ以降、同紙では制服に関する記事は見当たらなかった。
また、昭和7年当時、県・市・町立高等女学校であった学校の校史を確認したところ、以下に関係する記述があった。
資料6:「かねてから県下女子中等学校の制服統一の動きがあり、昭和七年三月、その具体案ができた。同年六月三日、これを山口訓令第一五号「山口県下女子中等生徒制服統一の件」として各校に通知した」
資料7:訓令の説明あり。県が服地を配給し、各校で調製。紺サージ1メートル約2円、白ポプリン1メートル47銭、5枚繻子1メートル23銭。昭和2年、昭和18年ほかの制服の図あり。
資料8:制服変更の経緯、制服の特徴等と、変更前後の制服の写真(夏冬とも)がある。
このほか、資料9・10にも制服統一について簡単な記述がある。
以下、確認したが記述のなかった資料
『[山口県立下関南高等学校]百年のあゆみ』(山口県立下関南高等学校創立100周年記念事業実行委員会 編 翠ヶ丘同窓会 編集協力 山口県立下関南高等学校 2006.4)
『[下関南高等学校]六十年の歩み』(下関南高沿革史編集委員会 編 山口県立下関南高等学校 1966)
『八十年のあゆみ』(八十年のあゆみ編集委員会 編 山口県立長府高等学校 1990.11)
『長府高等学校六十年史』(山口県立長府高等学校六十年史編纂委員会 編 山口県立長府高等学校 1972)
『山口県立防府高等学校百年史』(山口県立防府高等学校 編 山口県立防府高等学校 1979)
『創立八十五年史』(厚狭高等学校 厚狭高等学校 1957.11)
『岩国高等学校九十年史』(山口県立岩国高等学校校史編纂委員 編 山口県立岩国高等学校 1969.3)
『創立八十年のあゆみ』(創立80周年記念誌委員会 編 山口県立大津高等学校 1983.11)
『山口県立熊毛北高等学校七十周年記念誌』(熊毛北高校七十周年記念誌編集委員会 編 山口県立熊毛北高等学校 1988.10)
- 回答プロセス
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教育史関係資料にあたる。
『山口県教育史』(山口県教育会 1986)、「昭和前期の教育」の章を確認、男子中等学校の制服統一についての記述あり。
上記で触れられていた昭和5年の県会質疑について、『山口県会史』を確認。昭和5年以後、昭和7年まで確認したが、見出しで確認する限り女子についての記載なし。
自館作成新聞記事索引を「制服」の語で確認、「防長新聞」「関門日日」昭和5-7年までに関連事項なし。「馬関毎日」にあり。
『山口県教育史』p388により、公立の旧高等女学校を確認、山口(山口中央。以下、カッコ内は2019年時点の校名)、徳基(厚狭)、岩国(岩国)、都濃(徳山)、佐波(防府)、大津(大津緑洋)、阿武郡立実科(萩)、豊浦(豊浦)、下関(下関南)、柳井(柳井)、徳修(熊毛北)の各学校史を確認
- 事前調査事項
- NDC
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- 教育史.事情 (372 9版)
- 教育政策.教育制度.教育行財政 (373 9版)
- 参考資料
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1.山口県議会事務局 編 , 山口県議会. 山口県会史 大正10年-昭和5年. 山口県議会, 1958.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001013676-00 (p1045-1047) -
2.山口県教育会 編 , 山口県教育会. 山口県教育史. 山口県教育会, 1986.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001870545-00 (p458-459) - 3.馬関毎日新聞 1930年9月. 1930. 9月21日 p2
- 4.馬関毎日新聞 1931年1月. 1931. 1月30日 p3
- 5.馬関毎日新聞 1931年7月. 1931. 7月18日夕刊 p5
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6.山口県立山口中央高等学校百年史編纂委員会 編 , 山口中央高等学校 (山口県立). 山口県立山口中央高等学校百年史. 山口県立山口中央高等学校創立百周年記念事業会, 1990.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002074355-00 (p292) -
7.山口県立萩高等学校 編 , 山口県立萩高等学校. 山口県立萩高等学校百年史. 山口県立萩高等学校, 1973.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I060708513-00 (p525) -
8.柳井高等学校史編集委員会 編 , 柳井高等学校 (山口県立). 柳井高等学校史 : 創立七十五周年記念. 山口県立柳井高等学校, 1986.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001824941-00 (p456-459) -
9.山口県立柳井高等学校 [編] , 山口県立柳井高等学校. [山口県立柳井高等学校]百年のあゆみ : 山口県立柳井高等学校創立100周年記念誌. 山口県立柳井高等学校, 2007.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I060762457-00 (p44-45) -
10.山口県立徳山高等学校百年史編纂委員会 編 , 山口県立徳山高等学校百年史編纂委員会. 山口県立徳山高等学校百年史. 山口県立徳山高等学校, 1985.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I060805133-00 (p501)
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1.山口県議会事務局 編 , 山口県議会. 山口県会史 大正10年-昭和5年. 山口県議会, 1958.
- キーワード
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- 制服(学生)
- 山口県--教育--歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000257021