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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000195942
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2016-0028
事例作成日
(Creation date)
登録日時
(Registration date)
2016年08月18日 00時30分更新日時
(Last update)
2016年08月18日 00時30分
質問
(Question)
明治11年に滋賀県令籠手田安定が、三井寺山内御幸山に西南戦争記念碑を建立し、記念祭を挙行したと聞いた。このことについて、当時の新聞記事があれば見たい。
回答
(Answer)
『史料県令籠手田安定 1』に、「大坂日報」の記事として記念祭の様子が掲載されています。
『湖国の地方新聞紙』によると、 明治11年当時の県内発行新聞には、「淡海新聞」があり、当館所蔵の『淡海新聞(外) 写真複製版』の明治11年11月22日付け第22号附録に詳しい記事があります。このほか、当館で所蔵している明治11年の新聞としては「東京日日新聞」(毎日新聞)のマイクロフィルムがありますが、明治11年10月24日、御巡幸の記に「三井寺の記念碑を御覧せられ」と記載があります。 
 なお、新聞以外では、『大津市史 中巻』に「前略、同十一年十月二十日将校以下相謀り同役戦歿者のために記念碑を長等山の一角三井寺の丘上に建設、同年十一月二日車駕還幸の途 天覧の栄に與り、金百圓を賜つた。これより御幸山といふ。」と記載があります。また、『大津名勝案内』にも「明治十年の役に従軍せる大津分営の将卒にして戦歿するもの多し、因て此碑を建てゝ其幽魂を慰す。碑の台は欧州の砲台に擬し碑は西洋の紀念柱を摸す、紀念碑の三大文字は、時の陸軍中尉三好重臣の書なり、傍に「玉座の跡」あり、明治十一年明治天皇北陸巡幸の砌登臨あらせ給ひし處にて、これより御幸(みゆき)山と名く。」と記載されています。このほか、『明治天皇聖蹟誌』にも十月二十日、(中略)後三井寺山上新築の西南役戦死者記念碑工事場を通覧せられたる後、宮内卿に命じ内帑より金百圓を該工事費に賜ふ。」との記載があります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 史料県令籠手田安定 1 鉅鹿敏子∥編 鉅鹿敏子 1985年 S-3100-1 p.222-223

2 大津市史 中巻 大津市役所∥編 大津市役所 1942年 S-2111-2 p.323

3 大津名勝案内 中村紅雨∥著 古川伊助 1915年 S-2911- 15 p.24-25

4 明治天皇聖蹟誌 滋賀縣∥編 滋賀縣 1941年 S-2000- 41 p.47-48

5 淡海新聞(外) 滋賀新聞会社 1878年 5-0711-878

6 毎日新聞(東京) マイクロ版 第1878巻第12号通巻18号 日本マイクロ写真 P

7 湖国の地方新聞史 栗東歴史民俗博物館∥編集 栗東歴史民俗博物館 1998年 SB-0700- 98
キーワード
(Keywords)
西南戦争記念碑
三井寺
籠手田安貞
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000195942解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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