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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000156521
提供館
(Library)
尼崎市立地域研究史料館 (5000006)管理番号
(Control number)
062
事例作成日
(Creation date)
2014/07/07登録日時
(Registration date)
2014年07月19日 12時02分更新日時
(Last update)
2014年07月20日 15時06分
質問
(Question)
「大物川(だいもつがわ)」はいつごろまで河川としてあったのか?
水質汚濁がひどくなったため、埋め立てられたと聞いている。
回答
(Answer)
〔大物川の歴史-古代から近世まで-〕
 大物一帯は、「河尻」と呼ばれる淀川・神崎川水系の河口近くに位置しており、海の潮流や中小の河川が運ぶ土砂の堆積によって土地が形成され、時代とともに地形が変化する場所でした。
 古代後期から中世にかけての大物は、瀬戸内海と神崎川・淀川とを結ぶ重要な水運の結節点でした。『吾妻鏡』には、源義経が都落ちし、西国へ逃れるさい船出した場所が「大物浜」であったと記されています。
 「尼崎」という地名の初出史料である鎌倉初期の「大物浜・長洲浜請文(うけぶみ)」(真福寺文書)には、次のように記されています。
 「尼崎浜は大物の南、河を隔て、久安以後の新出地なり」(久安年間=西暦1145年~51年)
 この大物と尼崎浜を隔てる川というのが、大物川の原型であると考えられます。
 その後、砂の堆積による陸地化が進み、海岸線は南下していきます。それとともに、当初は大物の北側に入り込んだ場所にあったと考えられる港湾機能が、大物川が流れる南側に移っていったと考えられます。同時に、大物の南に隣接する港町尼崎の発展が目立ってきます。
 中世を通して、大物川の水運は活発でした。大物や尼崎には、船を有し、流通にたずさわる人々が多く居住し、その港湾機能は近世に引き継がれていきます。

〔近代以降の大物川について〕
 高度経済成長期の尼崎市では、工場排水などによる河川の水質汚濁と、工業用水としての地下水汲み上げによる地盤沈下が深刻な問題となりました。地盤沈下は早くも大正期に始まり、敗戦直後の工業生産途絶による中断を経て、生産再開とともにふたたび沈下が進行し、市域南部の広い範囲がゼロメートル地帯となりました。
 ゼロメートル地帯を流れる大物川は自然流下ができず、浄化作用が働かないことが汚染に拍車をかけ、高度経済成長期にはゴミ溜めのような状態となります。このため廃川が決定され、昭和40年(1965)に埋め立て工事が始まり、昭和45年に完了しています。この工事の結果、延長約6キロメートルの跡地が大物川緑地となり、公園として整備されました。
回答プロセス
(Answering process)
1 大物川の歴史について
◆『尼崎地域史事典』/Web版尼崎地域史事典"apedia"
 項目「大物川」

◆『図説 尼崎の歴史』上巻/Web版『図説 尼崎の歴史』
 中世編第1節4「平安末期の動乱と尼崎地域」執筆者:田中文英
         5「大物遺跡と流通」執筆者:益田日吉

◆『尼崎市史』第1巻 通史編古代・中世 第4章第3節「5町の景観と住人」 
◆『尼崎市史』第4巻 史料編古代・中世 

◆藤本誉博「中世都市尼崎の空間構造」
 尼崎市立地域研究史料館紀要『地域史研究』第111号所収
 大阪湾岸に位置する港町尼崎とその周辺地域について、神崎川河口「河尻」の土地形成をふまえ、中世を中心に空間構造を復元したもの。大物川にも言及している。

2 大物川の埋立工事の経緯等について
◆『図説 尼崎の歴史』下巻/Web版『図説 尼崎の歴史』
 現代編第2節6「深刻化する公害問題」執筆者:辻川敦

◆『昭和44年度尼崎市事務報告書』
 大物川埋立工事 昭和40~44年度の5か年計画として実施

◆『月刊あまがさき』1966年12月号
 「新春より大物川埋め立て工事開始」の記事を掲載している

3 大物川の位置、景観等について
◆地図
 各年代の尼崎市街地図/尼崎市域図(明治42/大正6/昭和11・26・42など)

◆写真
 尼崎市広報課撮影「大物川」写真(大物川の水質汚濁状況がわかる)
 前掲『図説尼崎の歴史』現代編第2節6に1点掲載

◆絵はがき
 明治30~40年代頃「大物 辰巳 東町 方面」(尼崎町全景〔其一〕)
 大正~昭和戦前期「昔 大物浦 長洲堤」(尼崎風景)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216)
日本  (291)
参考資料
(Reference materials)
『図説尼崎の歴史』平成19年発行 (当館請求記号 219/A/ア)
『尼崎市史』第1巻・第4巻 昭和41年・48年発行 (当館請求記号 219/A/ア-1・4)
『尼崎地域史事典』平成8年発行 (当館請求記号 219/A/ア)
藤本誉博「中世都市尼崎の空間構造」
尼崎市立地域研究史料館紀要『地域史研究』第111号 平成23年9月 (当館請求記号 219/A/)
『尼崎市事務報告書』昭和44年 (尼崎市立地域研究史料館所蔵歴史的公文書)
『月刊あまがさき』昭和41年12月号 (当館請求記号 318.6/A)
キーワード
(Keywords)
大物川
大物浜
大物川緑地
公害
埋立
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
Web版尼崎地域史事典"apedia" 項目「大物川」
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/index.php?key=%E5%A4%A7%E7%89%A9%E5%B7%9D
Web版 図説尼崎の歴史 中世編第1節4「平安末期の動乱と尼崎地域」執筆者:田中文英
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/chronicles/visual/02chuusei/chuusei1-4.html
Web版 図説尼崎の歴史 中世編第1節5「大物遺跡と流通」執筆者:益田日吉
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/chronicles/visual/02chuusei/chuusei1-5.html
Web版 図説尼崎の歴史 現代編第2節6「深刻化する公害問題」執筆者:辻川敦
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/chronicles/visual/05gendai/gendai2-6.html
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000156521解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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