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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000102546
提供館
(Library)
滋賀県立図書館 (2110049)管理番号
(Control number)
滋2011-1307
事例作成日
(Creation date)
2012/09/29登録日時
(Registration date)
2012年03月03日 02時01分更新日時
(Last update)
2013年02月27日 00時30分
質問
(Question)
園城寺(三井寺)木造智証大師坐像(御廟安置)の概要を知りたい。
回答
(Answer)
園城寺は大津市園城寺町にあります。『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「智証大師円珍は讃岐国(さぬきのくに)(現 香川県)那珂郡金倉郷に生まれ、母は弘法大師空海の姪であった。15歳の時に比叡山に入山し、義真(初代の天台座主で最澄の弟子)の門弟となる。38歳入唐求法(にっとうぐほう)の旅にで、滞在すること5年、帰国すると園城寺をおこして天台宗別院とした。大師は中国から請来した多くの聖教類を比叡山山王院のほとりに後唐院(のちのとういん)とよばれる山坊をいとなみ、ここにおさめて子弟の育成につとめた。868年(貞観10)第5世の天台座主となり、891年(寛平3)10月没した。弟子たちは大師の影像2?をつくり、1を比叡山山王院の後唐院に安置した。この像がこの智証大師坐像である。10世紀の終わりごろ慈覚大師門流と智証大師門流の勢力争いのため、智証大師門流の僧は993年(正暦4)大師像を比叡山からおろして園城寺の大師堂に安置し、比叡山から離れて園城寺を本拠として天台宗寺門派を主張するようになる。大師像は「中尊大師」と呼ばれ、大師の風貌の特徴をよく表現している。(中略)目は瞑想して禅定印をむすび、彩色をほどこした像で平安前半肖像彫刻の貴重な遺宝である。国宝。(宇野茂樹)」とあります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
仏像  (718 8版)
参考資料
(Reference materials)
1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.139-140

2 大津の文化財 大津市教育委員会∥編集 大津市教育委員会 1998年 SB-7011- 98

3 国宝大事典 2 彫刻 講談社 1985年 R-7091-2
キーワード
(Keywords)
園城寺
国宝
円珍
仏像
三井寺
僧侶
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000102546解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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