レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年09月04日
- 登録日時
- 2012/11/21 10:45
- 更新日時
- 2013/01/08 14:01
- 管理番号
- 埼熊-2012-163
- 質問
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解決
幕末あたりの千代田区神田小川町1番の地図を見たい。
- 回答
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現代の地図と江戸時代の地図(切絵図)を並べてみることができる資料と、切絵図が収録されている資料があり、以下の資料を紹介した。
切絵図と現代図を併記している地図
『江戸東京散歩 切絵図・現代図で歩く』(安田就視写真 わたなべこういちイラスト 人文社 2002)
p14に「飯田町駿河台小川町絵図」(文久3年(1863)に改訂されているもの)。p15の地図と比べられる。
p15に「神田古書店街・御茶ノ水駅周辺」あり。尾張屋板。神田小川町(一)はC-3あたり。
切絵図が収録されている資料
『嘉永・慶応江戸切絵図』(古地図ライブラリー 1)(人文社 1995)
p14-15「飯田町駿河台小川町絵図(1863年)」あり。もとになっているのは上記『江戸東京散歩』と同じもの。
『嘉永・慶応江戸切絵図で見る幕末人物・事件散歩』(古地図ライブラリー2)(人文社第一編集部解説・編 人文社 1995)
p14-15「飯田町駿河台小川町絵図(1863年)」あり。もとになっているのは上記『江戸東京散歩』と同じもの。
『江戸切絵図集成 1 吉文字屋板』(斎藤直成編集 中央公論社 1981)
p22-29「駿河台小川町図 全」あり。吉文字屋板。明和元年(1764)のもの。
『江戸切絵図集成 2 近江屋板』(斎藤直成編集 中央公論社 1981)
p38-43「駿河台小川町図 全」あり。近江屋板。弘化5年(1848年)のもの。
p44-49「駿河台小川町図 全」あり。近江屋板。嘉永2年(1849年)のもの。
『江戸切絵図集成 4 尾張屋板』(斎藤直成編集 中央公論社 1982)
p40-45「駿河台小川町絵図 全」あり。尾張屋板。嘉永3年(1850)のもの。
p46-51「駿河台小川町絵図 全」あり。尾張屋板。慶応元年(1865)のもの。
- 回答プロセス
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現代の東京の地図で場所を確認する。
『全東京便利情報地図 23区+多摩 街の達人』(昭文社 2009)
p7に〈神田小川町 1〉あり。淡路町駅の近く。
切絵図と現代図を併記している地図を確認する。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291 9版)
- 参考資料
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- 『江戸東京散歩 切絵図・現代図で歩く』(安田就視写真 わたなべこういちイラスト 人文社 2002)
- 『嘉永・慶応江戸切絵図』(古地図ライブラリー 1)(人文社 1995)
- 『嘉永・慶応江戸切絵図で見る幕末人物・事件散歩』(古地図ライブラリー2)(人文社第一編集部解説・編 人文社 1995)
- 『江戸切絵図集成 1 吉文字屋板』(斎藤直成編集 中央公論社 1981)
- 『江戸切絵図集成 2 近江屋板』(斎藤直成編集 中央公論社 1981)
- 『江戸切絵図集成 4 尾張屋板』(斎藤直成編集 中央公論社 1982)
- キーワード
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- 東京都千代田区-歴史地図
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 地名
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000114345