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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000225275
提供館
(Library)
横浜市中央図書館 (2210008)管理番号
(Control number)
横浜市中央2490
事例作成日
(Creation date)
2016年07月14日登録日時
(Registration date)
2017年11月21日 19時17分更新日時
(Last update)
2017年11月21日 19時18分
質問
(Question)
鎌倉時代の武将畠山重忠について以下のことを知りたい。
1 横浜市旭区の鶴ヶ峰古戦場(二俣川の合戦)
2 討死するまでの足跡
3 関連する史跡
回答
(Answer)
 1 横浜市旭区の鶴ヶ峰古戦場(二俣川の合戦)
 (1) 『畠山重忠 シリーズ・中世関東武士の研究』 清水亮/編著 戎光祥出版 2012.6
   畠山氏全体について詳細な解説がされています。
   p.198~219「Ⅴ 鎌倉武士と報復」には二俣川の合戦について書かれています。
   「Ⅵ 武蔵武士畠山重忠ゆかりの地」(p.220~239)には、全国におけるゆかりの地の一覧が掲載されており、「第4部 武蔵国畠山関係史料」(p.332~365)には関係資料の原文が引用されています。
   また、ゆかりの地の詳細は「畠山重忠辞典ホームページ」で見ることができるとあります。
   参考:埼玉県深谷市教育委員会「武蔵武士畠山重忠辞典」
    http://www.city.fukaya.saitama.jp/web_sigetada_jiten/  (最終確認日:2017年10月25日)

 (2) 『吾妻鏡 7 頼家と実朝』 五味文彦/編 吉川弘文館 2009.11
   p.76~80に畠山重忠誅殺について書かれています。

 (3) 『旭区郷土史』 旭区郷土史刊行委員会/編 旭区郷土史刊行委員会 1980.4
   p.37~39「第三節 畠山重忠と鶴ケ峰・二俣川」
   p.259~「第一節 名所・史跡のあれこれ」
   区内の畠山重忠に関する史跡について説明があります。p.271には鶴ヶ峰古戦場について他の史跡より詳しく書かれています。

 (4) 『横浜市史 第1巻』 横浜市/編集 横浜市 1958.3
   p.246~253「二 畠山・和田氏の滅亡」
   p.275 「畠山重忠はこの道を通って鎌倉へいこうとし、途中鶴ヵ峯で幕府軍にであったのである。」とあり、畠山重忠の通った道の描かれた第68図(中世の交通図)はp.381に掲載されています。

 (5) 『特別展 畠山重忠 横浜・二俣川に散った武蔵武士』 横浜市歴史博物館/編 
   横浜市ふるさと歴史財団 2012.10
   展示の図録のため通読するような資料ではありません。
   ビジュアル的に歴史を捉えるための参考資料としてご紹介いたします。

 (6) 事典類での解説
   概要を掴むための参考資料として、事典での解説文も紹介いたします。
  ア 『神奈川県百科事典』 神奈川県百科事典刊行会/編 大和書房 1983.7
    p.700「はたけやましげただ 畠山重忠」
  イ 『神奈川県史 別編1 人物』 神奈川県県民部県史編集室/編 神奈川県 1983.3
    p.587「はたけやましげただ 畠山重忠」
 
 (7) 国立国会図書館デジタル化資料
   インターネット上で本文が公開されています。更に調べる場合にご覧ください。
  ア 『畠山重忠』栗原勇/著 日本戦史研究会 1929.6
    http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1191966  (最終確認日:2017年10月25日)
  イ 『畠山重忠』埼玉県教育会/編 埼玉県教育会 1935.10
    http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1235677 (最終確認日:2017年10月25日)
  ウ 『畠山重忠 : 少年武士の鑑』 荻窪留吉/著 大同館書店 1930
    http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1718024 (最終確認日:2017年10月25日)

2 討死するまでの畠山重忠の足跡
 (1) 『旧鎌倉街道探索の旅 中道編 さきたま双書』 芳賀善次郎/著 さきたま出版会 1981.1
   p.13~36「鎌倉から鶴ヶ峰へ」
   p.37~48「鶴ヶ峰から東光寺へ」
   畠山重忠が通った道が詳細に書かれています。

 (2) 「市民グラフヨコハマ」1986年 No.55 横浜市市民局相談部広報課
   p.16~17「畠山重忠、二俣川に散る」
   「畠山重忠進軍推定路」が掲載されています。

 (3) 『畠山重忠物語 旭区ふるさと再発見』 横浜市旭区役所区政推進課 1997.2
   p.12「旧鎌倉道推定図」
   元になった図は『旭区郷土史』(図1-16)とあります。

3 関連する史跡
 (1) 『畠山重忠 人物叢書 新装版』 貫達人/著 吉川弘文館 1987.4
   畠山重忠の生涯や史実の出典となる史料がまとめられています。
   p.183以降では『新編武蔵国風土記稿』『新編相模国風土記稿』の中で重忠に関する史跡を
   抽出して紹介しています。

 (2) 『歴史探訪畠山重忠』 横浜市旭区役所地域振興課 1996.3
   史跡の場所を確認する際にご利用ください。

   参考:横浜市旭区Webサイト「鎌倉武将 畠山重忠」
    http://www.city.yokohama.lg.jp/asahi/guide/shigetada.html (最終確認日:2017年10月25日)
   →「鶴ケ峰周辺の畠山重忠ゆかりの地について」

 (3) 『中世の鎌倉そして泉区 次世代に伝えたい郷土資料』 郷土の鎌倉を歩く会/編 
  郷土の鎌倉を歩く会 2003.12
   p.39~45「畠山重忠・木曽義仲の父義賢と熊谷直実ゆかりの地を行く」(案内と解説 小澤明夫)

 (4) 『横浜の文化財 第1集 横浜市指定・登録文化財編』 横浜市教育委員会
  社会教育部文化財課/編 横浜市教育委員会社会教育部文化財課 1990.3
   p.107~108「地域史跡 畠山重忠古戦場跡」

 (5) 『図書館報ほどがや 1~10』 横浜市保土ケ谷図書館 1991
   p.4~5「歴史を訪ねてちょっとお散歩 畠山重忠 史跡めぐりと白根不動」
   畠山重忠の最期についてと関連する史跡が紹介されています。

 (6) 『畠山重忠』畑やわら/編著 滴翠社 1977.10 
   畠山重忠の生涯や関係する史跡等を簡易にまとめた資料です。

 (7) 『碑文等より見た畠山重忠の顕彰運動 横浜市立大学公開ゼミナール報告書』福島勉/報告者 福島勉 1998.4
   畠山重忠に関する碑を建立した由来や背景が報告される中で、歴史に関する記載も散見されます。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 8版)
関東地方  (213 8版)
日本  (291 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000225275解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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