レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2017/03/16 00:30
- 更新日時
- 2017/03/16 00:30
- 管理番号
- 滋2016-0090
- 質問
-
解決
滋賀県史や市町村史で、移民について記載がある資料はないか。
- 回答
-
移民について、記述がある県史・市町村史としては次の資料があります。
『滋賀縣史 第4巻』の「第五編 縣治時代 第二章 現代 第二節 戸口」に、「海外縣人は五十九名各郡皆十名以下であるが犬上郡のみは二十名で、是主として北米合衆國への労働出稼である。」とあります。
『滋賀県史 昭和編 第2巻』の「第9章 人口と地域構造 第1節 人口構成の推移」に、海外移住者について若干ですが記述があり、第8表として「県出身者移住先国別、出身郡市別表 昭和44年1月1日現在」が掲載されています。
『高島郡誌 全』の「第三編 郡治 第三章 戸口」に、「本郡民の海外移住したるの始は今詳ならざれども、明治十七年に今津町大供の人堀田浅次郎が北米合衆國に渡航したるもの或はその始めなるべし。本郡民は一般に海外移住の人員多からず今日までに於て各町村に於て見るに饗庭村民の移住民が四七に及びしを最多とす。三谷村青柳村には未だ一人の渡航者なし。今各町村に於ての初航者と其動静及び各町村民の累計を挙ぐれば左の如し。(後略)」とあります。
『彦根市史 下冊』には「第四章社会 第二節 人口の変動と海外移住」として数ページの記述があります。これによると主な渡航先カナダとなっています。
『新修彦根市史 第3巻』では、「第三章 日清・日露戦争期の彦根 第五節 彦根からカナダへ」として「移民の本格化」「出稼ぎと定着」「「戦争の傷跡と戦後の移民」の項目をたてて詳しく記述されています。
『多賀町史 下巻』では、「五 近代 4 海外で活躍した人々」として明治、大正・昭和終戦、戦後とわけて渡航者の氏名や消息などが記載されています。こちらも主に北米への移住が中心となっています。
『米原町史 通史編』では、「第5章 近現代 第3節 明治中後期・大正期の米原」において、「二 カナダ移民の輩出」として掲載されています。
なお、同書には「滋賀県からのアメリカ・カナダ移民に関する研究は、『湖東移民村の研究』が最初であるが、これは主として犬上郡磯田(いそだ)村八坂(はっさか)、須越(すごし)、三津屋(みつや)(以下彦根市)を中心としたものであり、それ以外の地域はほとんど扱っていない。また松宮増雄著『開出今(かいでいま)物語』は著者自身がカナダ移民経験者であり、開出今出身者については良く調べてある。川崎愛作著『海を渡った近江の人たち-滋賀県海外移住史』にはカナダ移民に関しては新しい記述はない。移民県として知られている広島県や和歌山県の場合にはそれぞれの県史などにかなり詳しい記述がある。しかし滋賀県の場合は『滋賀県史』にも『彦根市史』にも、移民史が触れられたことはなかった。(後略)」との記述があります。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 人口.土地.資源 (334 8版)
- 参考資料
-
- 1 滋賀縣史 第4巻 最近世 滋賀県∥編 弘文堂書店 1986年 S-2100-4 p.124
-
2 滋賀県史 昭和編 第2巻 行政編 滋賀県史編さん委員会∥編さん 滋賀県 1974年 S-2700-2 p.816-817 -
3 高島郡誌 全 高島郡教育会∥編著 饗庭昌威∥増補編 饗庭昌威 1972年 S-2110- 72 p.1028-1031 -
4 彦根市史 下冊 彦根市∥[編集] 彦根市役所 1964年 S-2151-3 p.448-453 -
5 新修彦根市史 第3巻 通史編 近代 彦根市史編集委員会∥編集 彦根市 2009年 S-2151-3 p.453-476 -
6 多賀町史 下巻 多賀町史編さん委員会∥編集 多賀町 1991年 S-2159-2 p.157-196 -
7 米原町史 通史編 米原町史編さん委員会∥編集 米原町役場 2002年 S-2164-1 p.1018-1032
- キーワード
-
- 移民
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000211819