レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017/08/23
- 登録日時
- 2017/12/24 00:30
- 更新日時
- 2024/03/30 00:39
- 管理番号
- M17082314587273
- 質問
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津山城の普請奉行であったとされる櫻井二蔵の事歴について知りたい。
- 回答
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・『津山市史 第3巻 近世1』(資料①)には、「築城秘話」として「史実としての裏づけはない」としながらも、桜井二蔵が天守閣を「四層として幕府の了解を受けていたにかかわらず、実際には五層を造った」ことに対し、問題の責任を負ったことが説明されている。
・「東作誌」(資料②)の「東北條郡 下横野村」の項には、「櫻井二蔵」について次のような記述が見える。
「津山城経営のときの普請奉行たりしが、天主を五重に製したるにより
公廳より察度のことあり、干時二蔵罪を一己に受て一命を抛て東都の
獄に囚はれ、終に隠岐國へ流刑せられる」
「慶長五年庚子九日関ヶ原の役森侯忠政信州松代より出勢す、櫻井二蔵
森家の先鋒将として實戦し、敵の一の柵を破る、則感書を賜うて是を
賞せらる」
「隠州にて其子孫二人あり。兄は町人と成りて美作屋藤蔵と云ひ、二男
は寂印となり、嘗て多聞寺は櫻井家の菩提所たるにより、又は故有て
此寺に住職す」
・『美作略史』(資料③)でも、元和2年(1916)に完成した津山城の天守閣を五層とした問題について、「櫻井某、築城ヲ掌ルヲ以テ、躬ラ之ニ當リ隠岐ニ配セラル」と述べている。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本の建築 (521 9版)
- 参考資料
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①津山市史編さん委員会『津山市史 第3巻 近世1 森藩時代』津山 津山市,1973,279p. 参照はp.41-42.
②『美作誌 前編』岡山 作陽新報真庭本社,1973,1772p. 参照はp.1621-1622.
③矢吹正則『美作略史 巻之3』 稲田佐兵衛,1881,30p. 参照はp.7.
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①津山市史編さん委員会『津山市史 第3巻 近世1 森藩時代』津山 津山市,1973,279p. 参照はp.41-42.
- キーワード
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- 津山城
- 普請奉行
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- M2017082314561087273
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 全年齢, 高校生, 中学生
- 登録番号
- 1000227273