レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010年11月25日
- 登録日時
- 2010/11/25 13:54
- 更新日時
- 2022/12/22 15:44
- 提供館
- 京都市図書館 (2210023)
- 管理番号
- 右中-郷土-29
- 質問
-
解決
京の大仏とはどのような仏像だったのか
- 回答
-
京の大仏とは,京都市東山区の方広寺大仏殿にかつて安置されていた大仏のことで,天正14年(1586),豊臣秀吉の命により,奈良東大寺の大仏を倣って像高6丈(約18メートル)の漆喰製廬遮那仏(るしゃなぶつ)像が安置されました。慶長元年(1596)の大地震により大仏は破壊され,一時は信州善光寺の本尊が移されたこともありましたが,後に豊臣秀頼が再興を志し,工事中の出火により全焼するも,慶長17年(1612)には像高6丈3尺(約19メートル)の金銅製大仏が完成しました。【資料1~6】
その後,寛文2年(1662)の震災により破壊,像は銭貨に鋳造され,同7年に徳川家綱により金色木像として前回と同じ寸法で再建,寛政10年(1798)落雷により焼失しました。天保年間(1830~44)には尾張の国の有志により6丈3尺の半分の大きさ(約9.5メートル)の木像の半身仏が寄進されましたが,昭和48年(1973)に焼失し,その後再建はされていません。
大仏そのものを描いた絵画は見つけられませんでしたが,豊国祭礼図と洛中洛外図で,扉から大仏の台座部分がのぞいている大仏殿が確認できます。豊国祭礼図で描かれる大仏殿は,破風の形から創建時の姿であろうと考えられています。【資料7】
洛中洛外図以降の絵画では唐破風となっており,再建後の様子が分かります。【資料8】
江戸時代,安永9年(1780)発行『都名所図会』,元治元年(1864)発行『花洛名勝図会』においても大仏殿は描かれ,【資料9,10】で見ることができます。特に『都名所図会』では,大仏殿から大仏の顔がのぞく図が掲載されています。
昭和48年(1973)に焼失した大仏は写真が残されており,【資料11~17】で見ることができます。
- 回答プロセス
-
●大仏に関する調査として,辞典や寺院の歴史,豊臣秀吉について。
●写真資料を探すために,附近の学校の記念誌や消防の資料など地域の歴史に関する資料と,古い観光案内の資料を調査。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 日本史 (210 8版)
- 日本 (291 8版)
- 日本画 (721 8版)
- 参考資料
-
- 【資料1】『国史大辞典 12』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1991)p574
- 【資料2】『京の京の大仏っあん』(田中緑紅著 京を語る会 1957)
- 【資料3】『京都大仏御殿盛衰記』(村山修一著 法蔵館 2003)
- 【資料4】『秀吉の大仏造立』(河内将芳著 法藏館 2008)
- 【資料5】『建築家秀吉 遺構から推理する戦術と建築・都市プラン』(宮元健次著 人文書院 2000)
- 【資料6】『京都 秀吉の時代 つちの中から』(京都市埋蔵文化財研究所監修 ユニプラン 2010)p36~41
- 【資料7】『近世風俗図譜 9 祭礼』(小学館 1982)
- 【資料8】『洛中洛外図 都の形象』(京都国立博物館編 淡交社 1997)
- 【資料9】『日本名所風俗図会 8 京都の巻』(角川書店 1981)p62
- 【資料10】『日本名所風俗図会 7 京都の巻』(角川書店 1979)p392
- 【資料11】『路 東山と東大路通』(明永恭典編 星光社 1973)p76 大仏を見上げた写真
- 【資料12】『先人に学ぶ京の防災100年』(財団法人京都市防災協会 1999)p24 大仏を見上げた写真,火災現場の写真
- 【資料13】『京都名勝写真帖』(京都市産業部観光課編 京都市産業部観光課 1939)p35 大仏を見上げた写真
- 【資料14】『東山 東山区八十周年記念誌』(東山区役所区民部まちづくり推進課 2009)p36 火災現場の写真
- 【資料15】『閉校記念誌 貞教 輝ける133年のあゆみ』(京都市教育委員会編集 京都市教育委員会 2004)p75 大仏を見上げた写真
- 【資料16】『京都名所写真案内』(小林壽著 小林書店 1910)拾壱 大仏殿
- 【資料17】『京都名勝図絵』(志水鳩峰著 風月庄左衛門 1907)巻頭
- 備考【資料18】『秀吉の京をゆく』(津田三郎文 淡交社 2001)p47
- 備考【資料19】『法住寺殿跡・六波羅政庁跡・方広寺跡』(京都市埋蔵文化財研究所編集 京都市埋蔵文化財研究所 2010)p61,71
- 備考【資料20】『郷土資料事典 ふるさとの文化遺産 29』(ゼンリン 1997)p51
- キーワード
-
- 方広寺
- 大仏
- 照会先
- 寄与者
- 備考
-
方広寺大仏殿
創建時 桁行約82m,梁行約50.5m,棟高約45m【資料18】より
再建時 桁行約88m,梁行約54m,高さ約48m【資料19】より
現在の東大寺大仏殿
間口 57m,奥行50m,高さ48m
現在の東大寺大仏
高さ15m【資料20】より
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000074187