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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000249455
提供館
(Library)
沖縄県立図書館 (2110045)管理番号
(Control number)
1002660
事例作成日
(Creation date)
20160511登録日時
(Registration date)
2018年12月28日 00時30分更新日時
(Last update)
2018年12月28日 00時30分
質問
(Question)
「舟はたよ 叩(たた)ち わらてひく波に さそはれていきゆる わみのこころ」は伊波普猷が詠んだものか、出典と意味について知りたい。
回答
(Answer)
【回答資料】

『伊波普猷全集 第11巻』 (伊波 普猷著、服部 四郎[ほか]編、平凡社、1976.10)
p271 「琉歌二首 沖永良部島を去るに臨んで 大正十年夏」に該当する琉歌がある。
 ・「船端よたたき笑いてぃふぃく波に 引かされて行ちゅる我身ぬつらさ」
 ・「がまくくんたみてぃ我身にうち向かてぃ ふぃちみする顔の忘れ苦しゃ」
→ 歌意は無なかった。(別れを惜しむ歌か。)
p437 「琉歌二首 沖永良部島を去るに臨んで 「船端よ」は?マツ氏提供。 大正一〇年夏、沖永良部教育会の招聘で同島を訪れた伊波は、南島史の講演ののち暴風のため二十日ほど和泊に滞在を余儀なくされた。伊波の講演に感激した島の青年男女は、その間毎日仕事が終わると伊波の旅館を訪ねては膝を交えて語り合い。その薫陶を受けた。便船がないまま、とうとう平安座船で沖縄に帰ることになった伊波を見送った?氏に、伊波が詠み与えたのが「船端よ」の歌である。?氏は大正八年鹿児島師範学校卒、当時は和泊で小学校の教諭をしておられた。」の記述がある。
p555 「大正一〇年(一九二一) 四六歳」の項目で、「八月、大島郡教育研究会第六部会の招聘により沖之永良部島に出張、六-一〇日の五日間、同会主催の夏期講習にて「声音学」「南島の史的考察」と題して講演。暴風のため帰県の便船なく、二〇日ほど滞在の後、平安座船にて国頭郡大浦港に上陸。」の記述がある。


【参考資料】

『伊波普猷 年譜・著書論文目録』 (外間 守善編、比屋根 照夫編、伊波普猷生誕百年記念会、1976.4)
p34 「明治39年」に、琉歌三首が『伊波普猷全集 第10巻』に掲載とある。

『伊波普猷全集 第10巻』 (伊波 普猷著、服部 四郎[ほか]編、平凡社、1976.3)
p249-280 「作品」の項に記載はない。

『古今琉歌集』 (富川 盛睦編、琉球史料研究会、1956.12)
→ 確認できなかった。

『琉歌大成 解説・索引編』 (清水 彰編著、沖縄タイムス社、1994.2)
→ 確認できなかった。

※『琉歌全集』等の琉歌集には掲載されていない。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
文学  (9)
参考資料
(Reference materials)
伊波普猷全集 第11巻 伊波 普猷/著 平凡社 1976.10 (p271、437、555)
伊波普猷 年譜・著書論文目録 外間 守善/編 伊波普猷生誕百年記念会 1976.4 (p34)
伊波普猷全集 第10巻 伊波 普猷/著 平凡社 1976.3 (p249-280)
古今琉歌集 富川 盛睦/編 琉球史料研究会 1956.12 (確認できず)
琉歌大成 解説・索引編 清水 彰/編著 沖縄タイムス社 1994.2 (確認できず)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000249455解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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