レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010/01/30
- 登録日時
- 2010/06/17 02:01
- 更新日時
- 2010/07/02 13:28
- 管理番号
- 埼熊-2009-078
- 質問
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解決
五箇棒は、籠原の清水伊三郎(造り酒屋)が祭の日に出店で菓子を販売していたおり、突然の雨でお菓子が濡れてしまい、仕方がなくそのお菓子を混ぜ合わせ、きなこをふりかけたら好評だったため売り出したものと聞いている。そのことが書かれている資料を探している。
- 回答
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熊谷の五家宝の祖としては、清水庄次郎、高橋忠五郎の名前が文献に見られるが、籠原の清水伊三郎の名前は見つからず。
ただし、『熊谷人物事典』p186-187「清水庄次郎」の項で五家宝の由来について質問と類似する記述が見られたので紹介する。
- 回答プロセス
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『熊谷人物事典』p186 「清水庄次郎」の項 以下引用する。
『埼玉商工略史』(正しくは『埼玉県商工略史』)『武蔵野百話』には五家宝の項に同家の伝えを次のように記している。
「中山道玉井村の菓子屋が出店で駄菓子を商っていたとき時夕立に合い片付けた処へ殿様の行列が立寄り茶菓を所望されたので仕方なく濡れたオコシの類を黄粉にまぶして差上げたところ大変賞味されて以後五穀が使ってあるので、五穀棒、また五軒の茶屋が繁盛するよう五家宝と名づけた」とあるが、これはどこにもある五家宝の由来の付けたりが多く信はおけない。」
清水伊三郎について記述のあった資料
『埼玉苗字辞典 2』(茂木和平 2006)に
「明治35年料理店清水シク・土物商清水岩蔵・酒商清水伊三郎」の記述があるが、(p4008 上段 235 同郡〔大里郡〕石原村(熊谷市))在所が石原村とあるだけで、質問の人物と同一であるか確認できず。
五家宝の起源について
五家宝の歴史に関する資料によると、その起源については諸説があり定説はない。
参考文献
『研究紀要 第14号』(埼玉県立民俗文化センター 1998)p41-11
『熊谷の五家宝』(沢田豊行)p1-3
『埼玉県商工略史』(埼玉県商工部 1953)p74-75
『埼玉大百科事典 2』(埼玉新聞社 1974)p129
『さいたまの特産品』(埼玉県県民部県民文化課 1980)p149-150
『熊谷市史 通史編』(熊谷市史編さん室 1984)p758-760
- 事前調査事項
- NDC
-
- 食品工業 (588 9版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 五家宝
- 清水 伊三郎
- 菓子-歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000067962