レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010/4/1
- 登録日時
- 2019/12/17 00:30
- 更新日時
- 2019/12/24 16:52
- 管理番号
- 葛中-2019044
- 質問
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解決
昔、浅間山が噴火した時、噴火物などが葛飾にも流れてきたらしい。それはいつのことか。また、供養の碑があるらしいが、どこにあるのか知りたい。
- 回答
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『増補葛飾区史 下巻』の索引で「浅間山」を探したところ、浅間山噴火川流溺死者供養碑(あさまやまふんかかわながれできししゃくようひ)の記述がありました。浅間山噴火は、1783(天明3)年7月6日から8日にかけて起こり、関東地方一帯に大きな被害を与えました。「この碑は、柴又村の人々が供養のために建てたもの」で、柴又5丁目の題経寺墓地にあり、区の文化財に指定されています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291 9版)
- 参考資料
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- 1 『葛飾区史 増補 下巻』葛飾区役所/編 葛飾区役所 1985,p.843-844
- 2 『葛飾区指定文化財-旧7カ町村別ポケット版-平成元年』葛飾区教育委員会/著 東京都葛飾区教育委員会 1989,p.66-67
- 3 『葛飾区史跡散歩(東京史跡ガイド 22)』入本英太郎著 橋本直子著 学生社 1993,p.64-65
- 4 『柴又帝釈天』 小西正保/作 斉藤博之/絵 望月日翔/監修 水書坊 1986
- 5 『定本浅間山-父なる山-その歴史と文化-』市川健夫監修 郷土出版社 2005,p.84-105
- キーワード
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- 葛飾区,文化財,浅間山,噴火,題経寺
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000270799