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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2012-131
事例作成日
(Creation date)
2012年07月22日登録日時
(Registration date)
2012年09月24日 11時25分更新日時
(Last update)
2012年11月28日 13時41分
質問
(Question)
熊本の江田船山古墳(エタフナヤマコフン)から出土した鉄剣はどこの鉄を使って作られたものか知りたい。
稲荷山の鉄剣の鉄は中国のものだとNHKの本で読んだ。稲荷山の鉄剣は、金の文字が刻まれているが、熊本の鉄剣は銀の文字が刻まれている。
回答
(Answer)
調査の経過と次の資料を紹介した。
『国宝銀象嵌銘大刀 江田船山古墳出土』(東京国立博物館編 吉川弘文館 1993)
『東大寺山古墳と謎の鉄刀』(東大寺山古墳研究会編 雄山閣 2010)
過去の研究を遡ると、大刀の製造地については、中国・朝鮮・日本の三説が見られる。
1993年に刊行された『国宝銀象嵌銘大刀 江田船山古墳出土』でも、その三説を紹介し「鉄自体の分析も銀の分析もまったく行っておらず(中略)鉄や銀の成分分析ができれば産地推定が可能となり、製作地の問題にも決着がつくかも知れない。将来の非破壊分析法や分析器の進歩に期待するところ大である。」とある。
最近では日本製とする説が多く、2010年に刊行された『東大寺山古墳と謎の鉄刀』では、「刀をリサイクルして海外からもたらされる刀に負けない刀を造ることができたことを宣言している」日本製の鉄刀としている。
回答プロセス
(Answering process)
鉄剣の由来(出自)の調査
〈江田船山古墳〉について
『国宝銀象嵌銘大刀 江田船山古墳出土』(東京国立博物館編 吉川弘文館 1993)
p30-製作の研究について記述あり。
『東アジア世界における日本古代史講座 3 倭国の形成と古文献』(井上光貞〔ほか〕編 学生社 1981)
p247-272「江田船山古墳出土大刀の銘文」(佐伯有清著)に、時系列順に様々な学者の銘文解読を取り上げ、日本・朝鮮・中国の三説を紹介している。

《Cinii》を〈江田船山〉で検索すると、未所蔵だが以下の論文あり。
鈴木 勉 福井 卓造著「熊本県江田船山古墳出土大刀の銀象嵌銘と5世紀の製鋼技術」(「精密工学会大会学術講演会講演論文集 2002(2)」) 
自館目録を論文著者の〈鈴木勉〉で検索する。
『論叢文化財と技術 1 百練鉄刀とものづくり』(鈴木勉編著 雄山閣 2008)
 p130-131〈江田船山古墳銀象嵌銘刀の「八十練」〉の項あり。
『ものづくりと日本文化 橿原考古学研究所附属博物館選書 1』(鈴木勉著 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館 2004)
 p121-172「第3章 江田船山銀象嵌銘 五世紀の鉄の技術論」日本の鉄と明記してはいないが、日本製とする論調である。
『東大寺山古墳と謎の鉄刀』(東大寺山古墳研究会編 雄山閣 2010)
 p41-75「3 技術移転論で読み解く中平銘鉄刀〈百練鉄刀の使命〉」鈴木勉著

《熊本大学学術リポジトリ》
堤克彦「『江田船山古墳』の被葬者と『鞠智城』築城の背景を探る」あり。
 被葬者は3人とし、「私見を許されるなら、一緒に出土した百済王族系の副葬品と有銘太刀は、一括して大和政権の下賜品として見るのではなく、百済王族系身分に付随したものと、大和政権下の役職に付随したものと、まったく別々の副葬品であったものが、一緒に埋葬されただけの話ではないだろうか。」と考察している。
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/15155/3/KumaTK-Tutumi201005r.pdf  熊本大学 2012/09/25最終確認)

『日本書紀研究 27』(横田健一先生米寿記念会編 塙書房 2006)
 p239-「江田船山古墳大刀銘の政治的背景」の章あるが、鉄の産地については記述なし。

『古代国家の形成 雄略朝から継体・欽明朝へ 直木孝次郎古代を語る 6』(直木孝次郎著 吉川弘文館 2009)
 p110-「古代史上における江田船山古墳の位置」の章あり。
 〈銘文の意味と典曹人〉に、銘文の全体あり。「刀を作る者名は伊太加」とあり。鉄の産地については記述なし。

『東アジアと江田船山古墳』(玉名歴史研究会編 白石太一郎監修 雄山閣 2002)
 p34-37〈銀象眼銘の大刀〉の項あり。銀の産地については、記述なし。
 p42-51〈稲荷山鉄剣との比較〉の項あり。鉄の産地については記述なし。
 p115-122「シンポジウム1 船山古墳をめぐって」に〈銀象眼銘の大刀〉の項あり。鉄の産地については記述なし。
 
『倭人と鉄の考古学 シリーズ・日本史のなかの考古学』(村上恭通著 青木書店 1998)
 記述なし。
上記図書等の参考文献より
『鉄と銅の生産の歴史 古代から近世初頭にいたる』(佐々木稔 古瀬清秀編著 雄山閣 2002)

日本における製鉄技術史から調査する
『世界大百科事典 2005年改訂版 19』(平凡社 2005)
 p140-141〈てつ 鉄〉の項に、日本における製鉄技術史に関する記述あり。
『国史大辞典 8』(吉川弘文館 1987)(112820253)
 p236-238〈せいてつ 製鉄〉の項に、製鉄技術の起原に関する記述あり。

「製鉄法」から調査する。
1993年刊行の資料『国宝銀象嵌銘大刀 江田船山古墳出土』に、「鉄自体の分析も銀の分析もまったく行っておらず(中略)鉄や銀の成分分析ができれば産地推定が可能となり、製作地の問題にも決着がつくかも知れない。将来の非破壊分析法や分析器の進歩に期待するところ大である。」とあるので、94年以降の資料を中心に調査した。
『鉄 日本古代文化の探究』(森浩一編 社会思想社 1974)   
『鉄の古代史1、2』(奥野正男著 白水社 1991-1994)

NDC分類〈564.021〉で検索した結果から
『古代の鉄生産と渡来人 倭政権の形成と生産組織』(花田勝広著 雄山閣 2002)
記述内容の中心は畿内
 p77-「第2章 古墳と鉄器副葬」
 p77「弥生時代開始説 鉄器の国産化が前1世紀に北九州で開始が確認される。」
 古墳時代開始説もあり、そちらは5世紀前半説と後半説に分かれる。
 p88-89 Ⅰ期 3世紀後半-5世紀初頭 朝鮮半島に鉄素材の大半を依存した生産体制
     Ⅱ期 5世紀前葉-6世紀初頭 国外の良質な鉄素材に依存しつつも、国内生産が開始された段階
     Ⅲ期 6世紀前葉-7世紀初頭 朝鮮半島から塊練鉄生産技術が国内生産の本格化した時代
  江田船山古墳はⅡ期にあたると思われる。国外・国内どちらの可能性もある。
 
『日本古代の鉄生産』(たたら研究会編 六興出版 1991)
 巻末索引に〈江田船山〉なし
 p141-149「シンポジウム『日本古代の鉄生産』 九州地方」(橋口達也)
 p149「(九州では、弥生時代)中期の後半ぐらいまでには鉄生産は遡るのではないかと私自身は考えているわけです。」
江田船山古墳が5-6世紀頃とすると、それ以前に鉄器が生産されていたということか。

『日本製鉄史論集』(たたら研究会 1983)
 p85「製鉄遺構の調査されたものでもっとも年代の遡る遺跡は、6世紀後半から7世紀にかけてのものである。」
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
鉄鋼  (564 9版)
参考資料
(Reference materials)
『国宝銀象嵌銘大刀 江田船山古墳出土』(東京国立博物館編 吉川弘文館 1993)
『東大寺山古墳と謎の鉄刀』(東大寺山古墳研究会編 雄山閣 2010)
キーワード
(Keywords)
刀剣
熊本県-遺跡・遺物
江田船山古墳(エタフナヤマコフン)
鉄-歴史
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
地名
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000111733解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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