このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
岡山県立図書館 (2110029)管理番号
(Control number)
M13052917465891
事例作成日
(Creation date)
2013/04/14登録日時
(Registration date)
2013年09月01日 00時30分更新日時
(Last update)
2020年03月28日 00時30分
質問
(Question)
マルチン・ルターの「たとえ世界の終末が明日であっても私はリンゴの樹を植える」という意味の言葉を引用した、ゲオルギウの作品を探している。この言葉の原文はあるか。『25時』ではないだろうか。
回答
(Answer)
当館の所蔵しているゲオルギウ著『25時』を確認したが、該当する言葉は引用されていなかった。
①『世界名言大辞典』で人名索引を調べると、“いかなるときでも、人間のなさねばならないことは、世界の終焉が明白であっても、自分は今日、リンゴの樹を植えることだ。(最後の瞬間を支えるものは希望)―ゲオルギ「第二のチャンス」”という記載があった。
②『第二のチャンス』には、物語の最後の場面で“ピラはおどおどとした彼女の美しい眼を見、マルチン・ルッターの言葉を思い出す。(中略) ピラは云う。「Und wenn Morgen Weltuntergang ware,ich werde am heutige Tage doch Apfelbaumen pflantzen.」 (中略) ピラはドイツ語を訳しはじめる。「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える・・・・・・」”とある。
マルチン・ルターの言葉ということから、ルターの著作や関連書を探索したが、言葉の出典は見当たらなかった。
③徳善義和著『マルチン・ルター 生涯と信仰』によると、“これはマルチン・ルターの言葉だと言われて、あちらこちらに引用されるのですけれども、この言葉がどこにあるのかと何人かの方に尋ねられた機会に、私が何回かにわたってかなり大捜索をして探してみましたけれども、見つかりません。その後、高名な学者に伺ってみても、やはりルターの言葉ではないということのようですけれども、ルターの信仰の気持ちをよく表していますから、それでマルチン・ルターの言葉ということになってしまったと思うのです。それは、「たとい明日が世界の終わりの日であっても、私は今日りんごの木を植える」という言葉です。”とあった。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
その他のロマンス文学  (979 9版)
参考資料
(Reference materials)
①梶山健編『世界名言大事典』 明治書院,1997,19,602p. 参照はp.239.
②ゲオルギウ[著] 谷長 茂訳『第二のチャンス』 筑摩書房,1953,364p. 参照はp.360-361.
③徳善義和『マルチン・ルター 生涯と信仰』 教文館,2007,320,10p. 参照はp.152-153.
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
M2013052917464865891
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
全年齢
登録番号
(Registration number)
1000136561解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!