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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000253293
提供館
(Library)
大阪府立中之島図書館 (2120002)管理番号
(Control number)
6001037454
事例作成日
(Creation date)
2019/02/28登録日時
(Registration date)
2019年03月20日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年04月06日 00時30分
質問
(Question)
昭和17年6月~昭和20年8月頃にあった、大阪およびその周辺の航空会社や航空関連会社について知りたい。
回答
(Answer)
・『大阪春秋』21(4)<69>(大阪春秋社 1992.11)
鶴田雅昭「昭和初期の航空会社の事業展開をめぐって-大阪を中心として-」という記事が掲載されています(p.44-50)。
この中に、以下の記述がありました。
「大正末期から昭和の初期にかけて、大阪に拠点を持つ航空会社が三つあった。日本航空輸送研究所、朝日新聞社東西定期航空会、日本航空株式会社がそれである。」(p.44)
「昭和3年11月、新たに国策会社として日本航空輸送株式会社が設立された。翌4年3月、この国策会社の運航開始の前日に、東京-大阪間を運行していた朝日新聞社東西定期航空会と、大阪-福岡間を運行していた日本航空の両者が、路線権益の放棄と共に解散した。日本航空輸送研究所は、国策会社と競合する路線がなく、解散には至らなかった」(p.46)
「しかし、昭和14年4月、日中戦争が泥沼化するなかで大日本航空株式会社法が成立し、わが国の航空輸送事業が大日本航空(株)に一元化されることになった。この法律の成立にともない、同研究所[日本航空輸送研究所]の定期航空部門は同年10月末をもって解散された。」(p.47)

最後の記述によると、昭和14年4月には「わが国の航空輸送事業が大日本航空(株)に一元化されることになった」とありますが、次の資料でもこのことに関する記述がありました。
・『日本航空史 昭和前期編』(日本航空協会/編集 日本航空協会 1975)
「民間航空編」「第四章 航空輸送事業の発展」に「四 大日本航空株式会社」の章があります(p.707-774)。
その記述によると、昭和14年4月11日公布・5月11日施行の「大日本航空株式会社法」によって、体験遊覧飛行や経営航空路300キロを超えない定期航空輸送事業を除き、わが国の航空輸送業を独占経営することになったとあります(p.724)。
また、「経営航空路300キロを超えない定期航空輸送事業」に該当する路線であったため、大日本航空株式会社法施行以後も「日本航空輸送研究所」は大阪-別府間の定期航空の運営を続けていましたが、政府の政策指導に従って大日本航空が日本航空輸送研究所を買収することになり、昭和14年10月1日から同研究所が経営していた路線を大日本航空が継承したとあります(p.768)。
大日本航空は終戦まで存続し、戦後「日本においてはいかなる民間航空の保有も認めない」とするアメリカ占領政策を受けて解散しました(p.805)。

これらのことから、昭和17年6月から昭和20年8月までに存在した「航空会社」としては、「大日本航空株式会社」1社になるかと思われます。

次に「航空関連の会社」についてですが、先にご紹介した『大阪春秋』21(4)<69>所収の「昭和初期の航空会社の展開事業をめぐって」には、「川西機械製作所」についての記述があります(「四 川西機械製作所と日本航空」p.49-50)。
日本毛織創設者の川西清兵衛は大正9年に「神戸市」に川西機械製作所を設立し、その一部門として「飛行機部」が設置されました(p.49)。飛行機部はその後、昭和3年の日本航空輸送株式会社設立と前後して独立、海軍の指定工場となって「川西航空機(株)」に改称しました。戦後は「新明和工業」に改組して現在にいたっている、とあります。

新明和工業の社史である次の資料には、川西航空機に関する記述がありました。
・『社史 1 新明和工業株式会社』(新明和工業株式会社社史編集委員会/編集 新明和工業 1979.10)
「前史」(p.3-146)として、川西機械製作所飛行機部の発足から川西航空機時代にかけての記述があります。また、巻末の「年譜」には大正9年の川西機械製作所の所在地として「神戸市和田山通一丁目」との記載がありました(p.2)。

「航空機の部品を製造した会社」となると複数の会社を見つけることができます。
・『大阪府産業団体要覧 附 重要商工業者名鑑』(戦時生産協力聯合会/編輯 戦時生産協力聯合会 1943)
「重要商工業者名鑑」は業種別名簿となっていますが、そのうち「金属機械器具製造業」(p.555-676)には「事業ノ大要」欄に航空機用部品に関係すると思われる記載がある会社があります。
なお、「重要商工業者名鑑」には「交通運輸業」の部がありますが(p.801-809)、鉄道と陸運・海運の会社のみで、航空関係の会社は見当たりませんでした。
この資料は、「国立国会図書館デジタルコレクション」でインターネットで本文の閲覧が可能です。
「大阪府産業団体要覧 : 附・重要商工業者名鑑」(国立国会図書館デジタルコレクション)(2019年2月28日確認)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1124844/293
※「金属機械器具製造業」の先頭ページ

・『大阪工場名録 昭和16年4月』(大阪商工会議所 1941)
冒頭の「製造品索引」に「航空機部分品」「航空機部分品加工」といった項目が掲載されており、該当する会社のページ数が記載されています。

全国の名簿類でも、航空部品を扱う会社は確認できます。
・「工業仕入案内. 昭和16年版」(国立国会図書館デジタルコレクション)(2019年2月28日確認)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139720/302
※302コマ目 「航空機及同部分品」の項(p.353-356)の関西の会社の掲載部分
・「工業仕入案内. 昭和17年版」(国立国会図書館デジタルコレクション)(2019年2月28日確認)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139776/267
※267コマ目 「航空機及同部分品」の項(p.315-317)の関西の会社の掲載部分
・「工業仕入案内. 昭和18年版」(国立国会図書館デジタルコレクション)(2019年2月28日確認)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139815/256
※256コマ目 「航空機及同部分品」の項(p.415-420)の関西の会社の掲載部分

・『株式會社年鑑 昭和17年版』(證券引受會社協會 1942)
「機械工作」(p.525-708)に部品の製造業者が掲載されているようです。
「株式会社年鑑. 昭和17年版」(国立国会図書館デジタルコレクション)(2019年2月28日確認)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139279/289
なお、p.555には「川西航空機株式会社」が確認できます。所在地は「兵庫県武庫群鳴尾村鳴尾字大東一番地」となっています。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139279/306
また、p.420には「大日本航空」が掲載されています。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1139279/233

〔事例作成日:2019年2月28日〕
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
交通史.事情  (682 10版)
参考資料
(Reference materials)
大阪春秋 新風書房 新風書房  21(1-4)<66-69>
日本航空史 昭和前期編 日本航空協会∥編集 日本航空協会 1975
社史 1 新明和工業株式会社社史編集委員会∥編集 新明和工業 1979.10
大阪府産業団体要覧 戦時生産協力聯合会∥編輯 戦時生産協力聯合会 1943
大阪工場名録 大阪商工会議所  昭和16年4月
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
大阪,人物・団体
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000253293解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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