レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/07/02
- 登録日時
- 2022/08/28 00:30
- 更新日時
- 2022/08/28 00:30
- 提供館
- 宮城県図書館 (2110032)
- 管理番号
- MYG-REF-220110
- 質問
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解決
岩手県宮古市周辺に製塩業が存在していたか知りたい。
- 回答
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以下の資料を案内した。※【 】内は当館請求記号
資料1 宮古市教育委員会編『宮古市史 漁業・交易』宮古市, 1981【212.2/ミ2/2】
(pp.249-294)「第3章 第2節 製塩業」の項
宮古市,並びに三陸地域における製塩の歴史について記述がある。
資料2 富岡儀八著『塩の道を探る』岩波書店, 1983【IS/キ/243】
(pp.174-175)「第二部 9 多雪地と準平原の牛・馬追い道」に「奥州産地へ向かう道」の項
江戸時代の製塩について,以下のような記述がある。
「盛岡に本城を構えた南部藩は,僻遠の地であったから,不利な自然環境を克服して,地塩の生産を維持しようと努力した。その製塩法は,海水を土釜や鉄釜で直接煮詰める,いわゆる直煮法(素水法)であったから,能率はそう高くなかった。しかし,塩釜は,野田通・宮古通・大槌通(行政区画)など合わせて一二三工(天和期)もあった。この三陸海岸で造られた塩は,北上山地を越えて,北上盆地から,さらに奥羽山地の山向いの羽後(秋田県)方面にまでも運ばれ,米・栗・そば・大豆などの内陸物資と物々交換されたのである。」
(p.176)「奥羽山脈を越す塩の道(中世)」の項
図版が所収されている。
資料3 日本塩業大系編集委員会編『日本塩業大系 特論・地理』日本専売公社, 1976【669/ニ6/5】
(p.53)「第1章 第3節 塩生産高 ウ.市町村別」の項
三陸地域の塩の生産について,以下のような記述がある。
「<三陸地域> 古くから南部塩,八戸塩と言われた生産地で,種市を筆頭に気仙沼,侍浜など30町村が数えられる。総生産高約4.4万石,平均生産高1,500石に近い零細生産地域である。」
資料4 宮本常一著『宮本常一著作集 49』未来社, 2007【380.8/ミ2/49】
(p.374)「六 塩売り」の項
以下のような一節がある。
「岩手県も宮古から北の海岸では盛んに塩を焼いたようで,野田[花巻市]というところは牛が多く,その牛に塩をつけて北上川すじへ運んで来たのである。」
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 製塩.塩業 (669 9版)
- 参考資料
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- 宮古市教育委員会/編. 宮古市史 漁業・交易. 宮古市, 1981.11【212.2/ミ2/2】:
- 富岡 儀八/著. 塩の道を探る. 岩波書店, 1983.9【IS/キ/243】:
- 日本塩業大系編集委員会/編. 日本塩業大系 特論・地理. 日本専売公社, 1976【669/ニ6/5】:
- 宮本/常一∥著. 宮本常一著作集 49. 未来社, 2007.12【380.8/ミ2/49】:
- キーワード
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- 製塩 -- 岩手県 -- 宮古市 -- 歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000320367