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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000253689
提供館
(Library)
大阪府立中央図書館 (2120005)管理番号
(Control number)
6001037290
事例作成日
(Creation date)
2019/02/16登録日時
(Registration date)
2019年03月25日 00時30分更新日時
(Last update)
2019年03月27日 00時30分
質問
(Question)
ヤマハの創業者である山葉寅楠が勤めていた大阪の医療機器店の名称を知りたい。
回答
(Answer)
以下の資料より、山葉寅楠の勤めていた医療機器店は「河内屋」という名称であることがわかります。

・『日本の産業 4 地域からの産業論』(今井賢一/編 中村秀一郎/編 筑摩書房 1980.4)
p.85「寅楠が浜松市にやってきたのは、彼の勤めていた大阪の河内屋が納入した浜松病院の医療機器を専門に修理するためであった。」

・『日本近現代人名辞典』(臼井勝美/編 高村直助/編 鳥海靖/編 由井正臣/編 吉川弘文館 2001.7)
p.1111 山葉寅楠
「機械に関心が強く、明治四年(一八七一)長崎に赴き時計修理を学んだのち、大阪の医療機械商河内屋の修理工となった。」

・『地域振興と地場産業』(下平尾勲/著 八朔社 1993.2)
p.123「山葉寅楠(一八五一~一九一六年)という病院の機械器具の修理技術をもつ人が、大阪の河内屋が卸した機械の修理のために、浜松病院に長期滞在してたまたま働きに来ていたのですが、その時、浜松小学校の校長先生がオルガン教育のために買ったオルガンが故障してしまったので、その修理を彼に頼んだのです。」

・『地場産業都市構想』(山崎充著 日本経済評論社 1981)
p.227「この寅楠が浜松市にやってきたのは、彼の勤めていた大阪の河内屋が納入していた浜松病院の医療機器の修理を専門にやるためであった。」

[事例作成日:2019年02月16日]
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
産業政策.行政.総合開発  (601 10版)
参考資料
(Reference materials)
日本の産業 4 筑摩書房 1980.4
日本近現代人名辞典 臼井/勝美∥編 吉川弘文館 2001.7
地域振興と地場産業 下平尾/勲∥著 八朔社 1993.2
地場産業都市構想 山崎/充∥著 日本経済評論社 1981
キーワード
(Keywords)
山葉寅楠(ヤマハトラクス)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
その他
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000253689解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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