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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
広島県立図書館 (2110011)管理番号
(Control number)
広県図2019170
事例作成日
(Creation date)
2019年08月26日登録日時
(Registration date)
2019年11月15日 14時30分更新日時
(Last update)
2020年07月03日 10時37分
質問
(Question)
広島県竹原市にある大久野島のうさぎについて,放したとされる地元の小学校はどこか,実際に放した方が存命か,諸説あるうち別の可能性はあるか。
回答
(Answer)
次の資料を確認しましたが,御質問の内容が記載されている資料は見付かりませんでした。

なお,大久野島のうさぎのルーツについて関連の記述があった資料は,次のとおりです。

『うさぎ島:会いに行けるしあわせ動物』福田幸広/写真,日経ナショナルジオグラフィック社,2015【H74/フクユ115ア】
 p.94 あとがき
  「昔、この島に放たれた8匹の飼いうさぎが数を増やし、(略)」

『日本の戦争と動物たち 2 戦争に利用された動物たち』東海林次男/著,汐文社,2018【210/ニ/2】
 p.29 「現在、大久野島にいるウサギは、戦後に小学校で飼われていたウサギが野生化したものと言われています。」

『未来創造としての「戦後補償」:「過去の清算」を越えて』水島 朝穂/編著,現代人文社,2003【369.3/103ミ】
 p.3-12 「いま、なぜ「戦後補償」なのか 「うさぎ島」から見えるもの」 水島朝穂
  p.4-5 「うさぎ島」の過去と現在。
   p.4 「このうさぎたちの「先祖」は何だったのか。戦前、毒ガス実験のため、大久野島ではたくさんのうさぎが飼育されていました。国民休暇村に指定されたころ、観光用に10羽ほどが島に連れてこられました。学校などで飼育しきれなくなったうさぎもここに捨てられたようです。この島の推定500羽のうさぎのなかには、毒ガス工場時代の実験用うさぎの子孫も含まれているでしょう。」

『封印された日本の離島:島に秘められた歴史ミステリー』歴史ミステリー研究会/編,彩図社,2010【291/110レ】
 p.26-29 戦時中、地図から消された島 広島県大久野島
  p.28 「愛らしいウサギたちも、もとはといえば毒ガスを検知するために島で飼われていたウサギが殖えていったものとさえいわれているのだ。」

『月刊くれぇばん』No.251(2008.2),K.M.S【雑誌】
 p.78-79 「瀬戸内海に浮かぶピーターラビットの島―広島県竹原市東野町・大久野島―」神垣健司
  p.78 「35年ほど前に小学校で飼育されていた数頭のウサギが島に放たれ、天敵のいない島で大繁殖をしました。」

『月刊経済春秋』33(6)(2017.6),春秋社【雑誌】
 p.24 「安佐動物園日記 98 うさぎ島のメルヘン」大丸秀士
  「大久野島では1971年に地元の小学校が放した8頭のカイウサギが野生化し(略)」

また,『中国新聞』の関連記事をデータベースで検索したところ,次の記事が見付かりました。
日経テレコン21(中国新聞)
 キーワード:「大久野島△うさぎ」(全期間(1996年1月~現在))
『中国新聞』朝刊2009年9月21日20面「ウサギの楽園 レンズで対話」
 「島のアナウサギは1971年、小学校で飼いきれない8匹を放したのが、増えたきっかけとされる。」

『中国新聞』朝刊2011年1月1日1面「天風録」
 「毒ガスの実験に使う動物としてウサギが飼育されていたようだ。たまたま生き延びた子孫が時を経て…といった「伝説」が、まことしやかに広まったこともある▲40年ほど前、対岸の小学校から譲り受け「観光客に喜んでもらおう」と島に放したという。こっそり持ち込まれた「捨てウサギ」も加わって繁殖したのが真相らしい。」

 キーワード:「大久野島△ウサギ」(全期間(1996年1月~現在))
『中国新聞』朝刊2019年6月15日24面「ともに暮らすin芸南賀茂 第3部 自然の生き物と <2> 大久野島のウサギ 「うさ活」支援 住民模索 町おこしに活用の機運」
 「大久野島のウサギは、1970年代に持ち込まれたものが繁殖したとみられる。」

また,インターネットで検索したところ,次のホームページが見付かりました。
大久野島ビジターセンター
中国四国地方環境事務所> 自然環境の保全整備> 自然とのふれあい> ビジターセンター等> 大久野島ビジターセンター>島のうさぎについて
http://chushikoku.env.go.jp/okunoshima/usagi.html  (令和元年8月31日最終確認)
  「1971年に小学校で飼いきれなくなった8羽のアナウサギを放したのがきっかけといわれています。」

(追記:2020年6月10日)
次の新聞に,関連の記事が掲載されていました。
『読売新聞』2019年10月7日27面「楽園の陰 ウサギ島 毒ガスを語り継ぐ人々 「観光の顔」歴史を説く 山内正之編①」
 「ウサギが姿を消したはずの島が、なぜウサギの島に変貌を遂げたのか―。(略)全国各地に国民休暇村が誕生する中、大久野島にも63年にオープンした。集客策として出たアイデアが動物の飼育だった。当初はシカという案もあったが、「小さな大久野島には大きすぎる」としてウサギに落ち着いた。対岸の忠海の小学校からもらった数匹が徐々に増え、「卯年」の2011年に観光地として脚光を浴びた。(略)」
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
兵器.軍事工学  (559 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
うさぎ島
大久野島
毒ガス島
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000265296解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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