レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20190822
- 登録日時
- 2020/04/01 00:30
- 更新日時
- 2020/04/01 00:30
- 管理番号
- 福参-1150
- 質問
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解決
「通い婚」という文化は、いつの時代からあったのか知りたい
- 回答
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◆参考文献1『日本民俗大辞典 下』にて語句を確認する。
妻問婚についてp.139-140に「夫が妻の家を訪問する形態の婚姻。通い婚ともいう。…(後略)」の記載あるが、時期についての記載はなかった。
◆参考文献4『日本古代婚姻史の研究 下』p.334-335に「日本の婚姻形態は、群婚に次いで、招婿婚が、上限不明の年代から鎌倉末までの長期間にわたり存続し…(後略)」とあり、婚姻形態の名称や時期をまとめた表も併記されている。
図中で婚姻形態の名称が「妻問い」であるものの時期は「典型的には大化前後まで、遺制は奈良末まで」と記載あり。
◆参考文献7『日本婚姻史』p.36-37に「婚姻語 妻問婚、婿取婚というのは、その時どきの代表的婚姻語による名称で、総称を招婿婚または婿取式婚という。私の調査によれば、ツマドヒの語は、「記・紀」や「風土記」などから「万葉」までにみられ、ムコトリの語は、平安の「大和」に一語、これがたぶん所見で…(中略)…すなわち「万葉」時代までは夫婦別居(妻問い)がみられ、平安中期ごろからは原則的に妻方同居のたてまえとなり、しだいに妻方沙汰の単婚世帯に進んで(以上婿取り)、室町期から夫婦同居制(嫁取り)が定式化する…(以下略)」と記載あり。
- 回答プロセス
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〇お尋ねの際、「本来、つまとは、男女関係なく使っていた」と説明された。
〇「平安 婚」のキーワードで自館検索し、参考文献5『平安貴族の結婚・愛情・性愛』が見付かる。
p.19に「現存する大宝二年(七〇二)戸籍や養老五年(七二一)戸籍では、「嫡妻」「妾」などと「つま」を区別した語…(後略)」、p.25に「本来「つま」の語は、一対の配偶関係にある男女の一方をさす語であり、男にも女にも用いられた。」と記載あるものの、質問に関することについては記載なかった。
〇自館データベースにて「通い婚」、「通い妻」、「妻問婚」等のキーワードで検索するも該当なかった。
〇『広辞苑』や『イミダス』等で確認するも、「通い婚」、「通い妻」についての記載はなかった。
〇インターネットにて「通い婚」を検索。「妻問婚」ともいうことが分かる。
〇参考資料1の参考文献として、参考文献2『婚姻の民俗 東アジアの視点から』等の掲載あり。
そちらをブラウジングし、参考文献3『日本古代婚姻史の研究 上』及び参考資料4『日本古代婚姻史の研究 下』を見付けるも、参考文献2・参考文献3には時期についての記載はなかった。
○【参考URL1】リサーチナビの目次データベースにて「通い婚」で検索し、【参考文献6】が見付かる。
p.76に通い婚の形態についての記述、及び引用元である【参考文献7】の記載あり。
- 事前調査事項
- NDC
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- 通過儀礼.冠婚葬祭 (385 8版)
- 参考資料
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- 1 日本民俗大辞典 下 福田 アジオ/[ほか]編 吉川弘文館 2000.4 380/3R/28-2 p.139-140
- 2 婚姻の民俗 江守 五夫/著 吉川弘文館 1998.10 385/4/37
- 3 日本古代婚姻史の研究 上 関口 裕子/著 塙書房 1993.2 385/4/23
- 4 日本古代婚姻史の研究 下 関口 裕子/著 塙書房 1993.2 385/4/23 p.334-335
- 5 平安貴族の結婚・愛情・性愛 増田 繁夫/著 青簡舎 2009.10 362/1/52 p.19、p.25
- 6 人物探訪 日本の歴史 16 暁教育図書 1978 210/1/S191-16 p.76
- 7 日本婚姻史 高群 逸枝/著 至文堂 1981 367/4/S154
- 1 リサーチナビ 目次データベース「通い婚」 https://rnavi.ndl.go.jp/mokuji_html/000001375604.html 2020.1.19確認
- キーワード
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- 通い婚 妻問い 妻問婚
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000279920