レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019/07/30
- 登録日時
- 2019/12/15 00:30
- 更新日時
- 2024/03/30 00:40
- 管理番号
- M19073116508001
- 質問
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清少納言が吉備の中山を紹介しているらしい。どのように紹介しているのかを知りたい。
- 回答
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資料①『吉備の中山散策のしおり 改訂版』によると、「清少納言は、随筆『枕草子』の中で、「山は、小倉山。三笠山。・・・。吉備の中山。嵐山。更級山。・・・。」と、都から遠い吉備の中山をあげています。」とある。
資料②『新日本古典文学大系 25 枕草子』で確認すると、「山は おぐら山。かせ山。三笠山。このくれ山。(後略)」と吉備の中山は出ていない。
資料③『全講枕草子 上』で確認しても、「山は 小倉山。鹿背山。三笠山。このくれ山。(後略)」と吉備の中山は出ていないが、補説として「この段は諸本によって異文が多い。山の名の数だけ比較してみても、三巻本十八、能因本(三条西本)三十七、堺本(高野氏本)二十六、前田本三十九というようになっている。(中略)殊にこの段のような固有名詞の列記から成る段は、容易に後人の手が入り易い。諸本に本文の異同が多いのはそのためであろう。」と説明がある。
資料④『枕草子大事典』にも同様に、「三巻本では、(中略)一八の山が列記されている。ところが、堺本には、三六ヵ所、能因本には三七ヵ所、前田家本には四〇ヵ所となっている。」と紹介されている。
資料⑤『枕草子「能因本」』には、「山は 小倉山。三笠山。(中略)柞山。位山。吉備の中山。嵐山。更級山。(後略)」とある。山についての様子は一切なく、山名を列記した中にあるのみである。
そのほか清少納言ではないが、資料⑥『「吉備の中山」と古代吉備』では、平安~鎌倉時代に編纂された歌集から、吉備の中山を詠んだ古歌として20以上を紹介している。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 中国地方 (217 9版)
- 参考資料
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資料① 吉備の中山を守る会『吉備の中山散策のしおり 改訂版』岡山 吉備の中山を守る会,2009,35p,参照はp.4.
資料② 渡辺実校注『新日本古典文学大系 25 枕草子』 岩波書店,1991,393p,参照はp.18-19.
資料③ 池田亀鑑『全講枕草子 上』 至文堂,1956,416p,参照はp.35-37.
資料④ 枕草子研究会『枕草子大事典』 勉誠出版,2001,1152p,参照はp.249-250.
資料⑤ 松尾聰・永井和子訳注『枕草子「能因本」』 笠間書院,2008,685p,参照はp.38-39.
資料⑥ 薬師寺慎一『「吉備の中山」と古代吉備』岡山 吉備人出版,2001,231p,参照はp.16-18.
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資料① 吉備の中山を守る会『吉備の中山散策のしおり 改訂版』岡山 吉備の中山を守る会,2009,35p,参照はp.4.
- キーワード
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- 吉備中山
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- M2019073116541008001
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 全年齢
- 登録番号
- 1000270318