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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000258498
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2019-041
事例作成日
(Creation date)
2017/10/24登録日時
(Registration date)
2019年07月09日 16時33分更新日時
(Last update)
2019年11月13日 14時09分
質問
(Question)
松山藩(山形県旧松山町)が江戸時代中期頃、群馬県桐生市に置いた飛び地についての資料を見たい。
回答
(Answer)
以下の資料と情報を紹介した。

『桐生市史 上巻』(桐生市史編纂委員会編 桐生市 1958)
 p474「桐生新町。神尾氏治領六十年で、寛保二年(一七四二)一時天領に入り、宝暦十二年再び神尾領に戻り、安永八年に至つて出羽国(秋田山形両県)松山藩主酒井大学頭の領地に変わつて幕末に及んだ、これは桐生地方唯一の大名領である。」とあり。

《国会図書館デジタルコレクション》「松山町史 上巻」(松山町 1987)p496-497 「二、上州五千石の加増」の項
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9571949  国会図書館)267コマ 国立国会図書館/図書館送信参加館内公開
 p496「安永八年(一七七九)十二月十五日、忠休は永年の幕府要職勤務の功により、五、〇〇〇石の加増と松山築城が認められた。五、〇〇〇石は、上野国山田郡と勢多郡の内に与えられ、その内訳は次のようになっている。 一、高三百弐拾壱石五合 桐生新町(後略)」
p497「この上州五、〇〇〇石の支配は、桐生新町に陣屋を構えてすすめられた。(後略)」とあり。
回答プロセス
(Answering process)
1 松山町史を確認する。
(1)自館目録を<松山町史>で検索する。
『松山町史年表』(松山町史編纂委員会編 松山町 1975)
 p74 安永八(1779)年に、「十二月十五日 忠休、上野国の内五千六十石追加増、(後略)」とあるが、地名について記載なし。

(2)《国会図書館デジタルコレクション》( http://dl.ndl.go.jp/  国会図書館)を〈松山町史〉で検索する。

2 『桐生市史』を確認する。

3 自館目録を〈山形県史〉で検索する。
『山形県史 第2巻 近世編』(山形県編 山形県 1985)
『山形県史 第3巻 近世編』(山形県編 山形県 1987)
 該当なし。


ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2017年10月22日。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
関東地方  (213 9版)
参考資料
(Reference materials)
『桐生市史 上巻』(桐生市史編纂委員会編 桐生市 1958)
キーワード
(Keywords)
山形県-歴史-近世
松山藩(山形県)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000258498解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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