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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
豊中市立図書館 (2310050)管理番号
(Control number)
6000005141
事例作成日
(Creation date)
2011/08/07登録日時
(Registration date)
2014年10月02日 00時30分更新日時
(Last update)
2014年11月09日 11時14分
質問
(Question)
豊中市中部に城山町という地名があるが、ここにお城があったのかどうかわかる本はあるか。
回答
(Answer)
城があったとの伝承はあるが、詳細は不明。下記の資料を見ていただいた。

『住居表示概要』(豊中市市民部住居表示課)p20「町名の由来について」には、城山町は旧小字を町名としたとあり。

『日本歴史地名大系 28 大阪府の地名1』(平凡社)p271「福井村」には、今の豊中市城山町1~2丁目・長興寺南2~3丁目・曽根東町6丁目・服部本町4丁目付近にあった村について記載があり。これによると村の中に福井城跡と伝わっているところがあったとのことだが、詳細は不明と記載があり。
『角川日本地名大辞典 27 大阪府』(角川書店)p1065「福井 ふくい 豊中市」には、地内に戦国期の福井城址があったが遺構は残存しないとの記載があり。

『大阪府誌 第五編 名勝旧跡』(思文閣)p443「福井城祉」には、中豊島村大字福井の中央にあって俗に城山と呼ばれる丘があったが、遺跡は認めがたく年代や城主は不明、という内容の記載があり。

『日本城郭大系 12 大阪・兵庫』(新人物往来社)p228「福井城」には、藤井寺の北側一帯の丘陵地を城山というが以降は残存せず、「摂津志」では天正6年の織田信長による荒木村重討伐と関わらせているが不詳、との記載があり。
なお『とよなか歴史・文化財ガイドブック』(豊中市教育委員会)p45「藤井寺(とうせいじ)」によると、同寺はもともと曽根崎お初天神東隣の医師藤井氏の屋敷地にあったが、昭和4(1929)年に現在地に移転してきたとのこと。
回答プロセス
(Answering process)
郷土資料の書架、地名関連の書架などを探す。

なお『日本城郭大系 12 大阪・兵庫』(新人物往来社)p76-78には「福井城」の項目があるが、茨木市福井にあった城のことで、豊中市域の城ではなかった。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
『住居表示概要』豊中市土木部管理課/[編集](豊中市土木部管理課)
『日本歴史地名大系28‐[1]』(平凡社)
『角川日本地名大辞典 27』「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編(角川書店)
『大阪府誌 第5編』大阪府/編纂(思文閣)
『日本城郭大系 12』(新人物往来社)
『とよなか歴史・文化財ガイドブック』豊中市教育委員会生涯学習推進室地域教育振興課/編集(豊中市教育委員会生涯学習推進室地域教育振興課)
キーワード
(Keywords)
城山町(シロヤマチョウ)
豊中(トヨナカ)
服部(ハットリ)
地名(チメイ)
由来(ユライ)
曽根(ソネ)
福井城(フクイジョウ)
歴史(レキシ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000160445解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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