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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000251293
提供館
(Library)
佐賀市立図書館 (2310080)管理番号
(Control number)
20120621-1
事例作成日
(Creation date)
2012年06月21日登録日時
(Registration date)
2019年02月02日 16時52分更新日時
(Last update)
2019年02月02日 16時52分
質問
(Question)
嘉瀬川・多布施川・筑後川の歴史について調べたい
回答
(Answer)
・嘉瀬川
この川の呼称は、大和町にある石井樋付近より上流部を川上川と呼ぶ。なお、それより下流部は嘉瀬川と記している。
(奈良期に書かれた『肥前国風土記』には佐嘉川と記されている)この川は古来荒れ川で幾度かその流れを変えている。
奈良期は、市ノ江水道・川筑後川に注いでいたと考えられている。

・多布施川
嘉瀬川から分流し、佐賀市街地南東部まで流れる人工河川。古くは嘉瀬川の本流だった時期もある。
地域の洪水防止のため石井樋を築造して嘉瀬川に放流し、飲料水、流域のかんがい用水を確保した。
水路としても利用され、川上から城下まで人や物資を運んだ。

・筑後川
古く筑紫次郎と称せられ、九重山、阿蘇山に源を発する九州第一の大河で、本町の東側と南を流れ、有明海に注いでいる。
大昔、有明海と瀬戸内海を結ぶ海峡があったものが、阿蘇の噴火や地殻の変動によって陸続きとなり、その名残にできたものが、筑後川だといわれている。

(参考文献・掲載箇所、内容)
『諸富町史』P25~P32…筑後川変遷(1筑後川の自然 2筑後川開発をめぐる政争)
『日本歴史地名大系 42』P172…多布施川
『佐賀県大百科事典』P132…嘉瀬川 P534…多布施川
『角川日本地名大辞典 41』P193…嘉瀬川 P437…多布施川
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291)
参考資料
(Reference materials)
『諸富町史』諸富町史編纂委員会/編集 諸富町史編纂事務局 1984
日本歴史地名大系 42』平凡社 1980.3
『佐賀県大百科事典』佐賀新聞社佐賀県大百科事典編集委員会/編 佐賀新聞社 1983
『角川日本地名大辞典 41』「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編 角川書店 1982.3
キーワード
(Keywords)
嘉瀬川(かせがわ)
多布施川(たふせがわ)
筑後川(ちくごがわ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土 地名
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000251293解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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