レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年07月15日
- 登録日時
- 2017/07/21 14:45
- 更新日時
- 2017/07/21 15:18
- 管理番号
- いわき総合-地域510
- 質問
-
解決
いわき市田人町旅人、いわき市三和町下三坂の字名について。
①明治6年に、出旅人村と入旅人村が合併して旅人村になったが、次の字はそれぞれどちらに属していたか?
「熊ノ倉、上平石、下平石、道伝、道ノ後」
②明治15年に、下三坂上村と下三坂下村が合併して下三坂村になったが、次の字はそれぞれどちらに属していたか?
「仲居、小風呂内、明戸、石会、永久保、入合」
- 回答
-
①旅人村について
『旧石城郡田人村小史』(中村忠夫 たびとふるさと教室 2007)に、それぞれの地区の旧字地図(P65、87)が掲載されており、これによると次のとおりです。
・熊ノ倉(出旅人)
・上平石(出旅人)
・下平石(出旅人)
・道伝(出旅人)
・道ノ後(荷路夫)
※道ノ後については、出旅人、入旅人の旧字地図にはなく、田人地区の荷路夫(にちぶ)村の旧字地(P132)に含まれていました。
②下三坂村について
所蔵資料では確認できませんでした。
そこで、いわき市役所三和支所へ照会したところ、地元の方の話では、地区にある稲荷神社をひとつの境として下三坂上村と下三坂下村に分けていた、という情報を頂きました。これによると次のとおりです。
・仲居(下三坂上村)
・小風呂内(下三坂上村)
・明戸(下三坂上村)
・石会(下三坂上村)
・永久保(下三坂上村)
・入合(場所によって下三坂上村、下村どちらもあるそうです)
- 回答プロセス
-
1.資料を調査
上記資料のほか、『日本歴史地名大系7 福島県の地名』、『角川日本地名大辞典7 福島県』の「旅人村」、「下三坂村」の項を確認するが、字についての記述なし。
また、以下の資料も調査したが記述はなかった。
・『地名の変化にみる、いわきの近代化』(K/291/チ)
・『いわき市の合併と都市機能の変遷』(K/318.2/イ)
・『石城郡町村史』(K/210.1-1/モ)
・『郷土誌 三阪小学校』(K/210.1-1/キ)
・『三和町まちづくり基本構想』(K/318.6/ミ)
・各学校誌 など
2.三和支所へ照会
地元区長などから聞き取りして頂き、回答のとおり。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 日本 (291 9版)
- 参考資料
-
- 【資料①】『旧石城郡田人村小史』[K/210.1-1/ナ・1111947931]
- 【資料②】『町名・字名一覧表 平成19年4月1日』[K/291/イ-2007・1111947634]
- キーワード
-
- いわき 地名
- 照会先
-
- いわき市役所三和支所
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 地名
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000219124