このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
横浜市中央図書館 (2210008)管理番号
(Control number)
横浜市中央2575
事例作成日
(Creation date)
2018年05月26日登録日時
(Registration date)
2020年03月11日 16時51分更新日時
(Last update)
2020年03月11日 17時41分
質問
(Question)
横浜市都筑区の川和にある八幡神社について、
由緒や祭神、境内にある碑について書かれた資料を探している。
回答
(Answer)
・八幡神社
横浜市都筑区川和町2388にある神社で、祭神は八幡大神です。
詳しい創立年月は不明ですが、古くは河輪神社と呼ばれ、
川の神を祀っていたといわれています。
また、八幡神社の境内の碑は、同じく都筑区内にある川和富士から移設されたものです。
碑には、「昭和五十二年七月吉日 ニュータウン建設工事のため富士塚より遷す」
という文字が刻まれています。

以下、記載があった資料を紹介します。
また、碑と関係がある川和富士についての資料もあわせてご紹介します。

1 八幡神社について
 (1)図書
  ア『御大典記念都田村誌』 都筑郡都田村役場/編 都筑郡都田村役場 1929.5
   p.4 八幡社についての記述があります。
   p.110 「村社 八幡神社」 祭神や由緒などの記載があります。

  イ『横浜緑区史 資料編 第1巻』 
    緑区史編集委員会/編 緑区史刊行委員会 1985.3
   p.584 「八幡社」
   八幡社の写真と、所在地や祭神などの記載があります。

  ウ『歴史の舞台を歩く 横浜・緑区』 相澤雅雄/著 昭和書院 1991.6
   p.108 「川和八幡と宿」 
   祭神や社名の由来などの記載があります。

  エ『川和 創立四十周年記念誌』 
    創立40周年記念誌編集委員会/編 横浜市立川和小学校 1988.5
   p.68 「八幡神社」
   由緒と祭礼について記載があります。

  オ『都筑の民俗 横浜市・港北ニュータウン郷土誌』 
    港北ニュータウン郷土誌編纂委員会/編 1989.5
   p.474 「鎮守社と大祭日(61)」
   鎮守社と大祭日が表になっています。表に川和と八幡神社の記載があります。

  カ『都筑郡神社写真帳』 神奈川県神職会都筑郡支部/編 1921.1
    下記の写真が掲載されています。
    都田村川和 村社 八幡神社(其1)
    都田村川和 村社 八幡神社大杉(其2)
    こちらは横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」でも閲覧できます。
     https://www.lib.city.yokohama.lg.jp/Archive/DTRP0320?SHIRYO_ID=1810

  キ『横浜歴史年表 複刻 上巻・下巻・索引合本』 
    横浜歴史年表編纂委員会/編 白話社 1973
   p.331 1920(大正9)年12月(文化史)に「都田村の川和八幡神社が村社に指定
   された」と記載があります。
 
 (2)ウェブサイト
  ア 神奈川県神社庁
     https://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=216&cd=1202121&scd=&npg=0
    八幡神社(河輪神社)
    所在地、祭神、祭礼、由緒について紹介されています。

2 碑について
 (1)『横浜緑区史 資料編 第2巻』
    緑区史編集委員会/編 緑区史刊行委員会 1986.12
   p.494 川和町にある富士塚の記述の中に、港北ニュータウン建設のため取り壊さ
   れたこと、石碑は川和八幡にてみることができるという記載があります。また、石碑
   の建立についても記載があります。

 (2)『歴史の舞台を歩く 横浜・緑区』 相澤雅雄/著 昭和書院 1991.6
   p.120 「池辺と川和の富士塚」 
   冨士講と、川和富士についての説明があります。その中で、碑についても触れられて
   います。また、碑が以前置かれていた川和富士の写真が掲載されています。

 (3)『青葉区域の富士塚めぐり』 横浜あおば史談会/編 横浜あおば史談会 2017.12
   p.28 「昔の石塔類はいまどこにありますか?」
   川和八幡神社の境内に祀られていること、石碑にはニュータウン建設工事のため
   富士塚より遷すと刻まれているという記載があります。
   p.31 川和富士や石碑の写真が掲載されています。

 (4)『川和 創立四十周年記念誌』 
    創立40周年記念誌編集委員会/編 横浜市立川和小学校 1988.5
   p.64 「富士塚(川和富士)」
   富士塚についての説明の中で、石碑が現在は八幡神社にあると記載があります。

 (5)『港北ニュータウン今昔物語』 高齢者住宅財団住宅管理部/企画・制作 
   都市基盤整備公団神奈川地域支社居住環境整備・再開発部 2000
   p.4 「頂上にあった浅間大神の碑は、川和神社境内に移されています。」と記載が
   あります。

 (6)『富士塚ゆる散歩 古くて新しいお江戸パワースポット』 
   有坂蓉子/著 講談社 2012.1
   p.89 「26 【川和富士】」 碑が置かれていた川和富士の写真が掲載されています。
   p.124 「注釈」に「信仰物は塚にはなく、すべてそこから西へ700mの八幡神社に
   移されてある。」と記載があります。

3 川和富士について
 (1)『川和の歴史』 横浜市立川和中学校/編 横浜市立川和中学校 1983
   p.85~86 川和富士について記載されています。
   また、破壊される前後の富士塚の写真も掲載されています。

 (2)『都筑の民俗 横浜市・港北ニュータウン郷土誌』 
   港北ニュータウン郷土誌編纂委員会/編 1989.5
   p.574 「川和の富士(52)」 川和富士の写真が掲載されています。
   p.815 参考資料十五「富士塚築造扣」富士塚築造に関する資料が掲載されています。

 (3)『横浜の町名』 
   横浜市市民局総務部住居表示課/編 横浜市市民局総務部住居表示課 1996.12
   p.196~197 「川和町」
   「区内に残る三つの富士塚である川和富士がある。」と記載があります。

※インターネット情報の最終確認日:2019年12月5日
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
関東地方  (213 8版)
神社.神職  (175 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000275789解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter

このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!