レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2009年04月11日
- 登録日時
- 2011/07/08 17:21
- 更新日時
- 2011/12/27 12:28
- 管理番号
- 新県図-01177
- 質問
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解決
明治11年ころの青森~函館間就航の船舶資料および同時期の新潟~函館の航路の運航会社について調べたい。どちらも三菱会社と思われる。
- 回答
-
三菱の船舶ということですので、『三菱社誌』が参考になります。この第2 明治8年(東京大学出版会 1979複製)p416~419に新たに北海航路を開いたことが記されています。
・明治11年ころの新潟~函館の航路の運航会社
当時の運航会社は三菱会社です。新潟県関係資料には次のようにあります。
1 「三菱会社は、9年から東回りと西回りの日本海沿岸航路を開設し、500~1000トン級の汽船を運航して、新潟港にも寄進させ、米をはじめ様々な物資や旅客を運送した(表38)。そして、12年4月には新潟支店を設置し、翌13年6月には貿易金融業務を担当する三菱為替店新潟支店も開いた。」
表38 明治前期の三菱会社の品川・横浜出帆新潟寄港船の就航回数の推移
(『新潟市史 通史編』3 近代 上 1996 p167)
2 「明治9年(1876)には三菱汽船が下関~新潟~箱館の西廻り航路に汽船を就航させた」
(『北前船・小廻船と瀬波湊』東海林久三郎[ほか]編 瀬波郷土史研究会 1997)
前記『三菱社誌』第3 明治9年(東京大学出版会 1979複製)p167、p321~322には航路開設の記事があります。
ちなみに『開港以降入進外国舩及西洋形日本舩略図』(当館ホームページ「越後・佐渡デジタルライブラリーにあり」)には三菱会社用船として11隻の船が記されています。また船図は一部しかありませんが、これに基づく新潟港へ入港の船の記録は下記資料に掲載されています。
『幕末維新の港町と商品流通』(中村義隆著 刀水書房 2001)p174~191「明治初年西洋型船の入港状況」
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 海運 (683 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 明治期の新潟・函館航路
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000088215