レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020/07/19
- 登録日時
- 2020/09/02 00:30
- 更新日時
- 2020/09/17 13:36
- 管理番号
- 秋田-2497
- 質問
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解決
秋田県南部で食されているという「三杯みそ」について調べてる。
「三杯みそ」と救荒食だった蕨粉とのつながりについて言及した資料はあるか。
つじやのHPに「大曲・仙北地方には昔から『みそ』『はな(花)みそ』と呼ばれ、食されてきた素朴で懐かしい郷土菓子がある。江戸時代・天保年間(1781~1788年)、大曲・仙北地域の凶作の際に、ワラビの根から採れるでん粉で作った『ネバナ餅』『ネバナみそ』(今のワラビ餅の原型)が起源といわれています」とある。
「つじや」による説明が正しいものかどうか知りたい。
- 回答
-
次の資料を案内。
①『秋田県史 民俗・工芸編』(秋田県/編、秋田県、1978.3、210/アア/8郷)資料番号:111327409
②『新田沢湖町史』(新田沢湖町史編纂委員会/編、田沢湖町教育委員会、1997.3、214.7/シシ/郷)資料番号:128422359
③『協和町史 下巻』(協和町史編さん委員会/編、協和町、2002.3、214.7/キキ/2郷)資料番号:128772159
④『西木村郷土誌 民俗編』(西木村郷土史編纂委員会/編、西木村、2000.3、214.7/ニニ/郷)資料番号:128634946
⑤『角館誌 第8巻 衣・食・住編』(「角館誌」編纂委員会/編、角館誌刊行会、1980.3、214.7/カカ/8)資料番号:124154568
⑥『秋田の古文書研究(4) 江戸時代の惨状』(長岐喜代次/編著、小猿部古文書解読研究会、1994.2、202/ナア/)資料番号:124045725
⑦『餅 民俗選書 1』(藤田 秀司/著、秋田文化出版社、1983.5、383.8/フモ/郷)資料番号:111246054
⑧『日本の食生活全集 5 聞き書 秋田の食事』(農山漁村文化協会、1986.2、383.8/ノニ/5郷)資料番号:124026444
⑨『あきたの味 農家の手づくり』(農山漁家生活改善実行グループ秋田県連絡協議会/編、1979.11、A596/30/)資料番号:111540084
・秋田魁新報 マイクロフィルム
昭和40年4月26日 夕刊2面
記事名:ふるさとの味 歯ざわりよい”山の味” ねばなもち(五城目)
- 回答プロセス
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・『秋田大百科』確認。該当箇所なし。
・『秋田市史』確認。該当箇所なし。
・『秋田県史』確認。
①『秋田県史 民俗・工芸編』(秋田県/編、秋田県、1978.3、210/アア/8郷)資料番号:111327409
→p.426 葛や蕨の粉(花根)でるつくる葛餅・蕨餅(根花餅又根餅という)がある。 記載あり
p.430 葛餅と蕨餅
蕨餅を簡潔にまとめた製造法と蕨餅・秋田藩主の関わりについて記載あり
・『田沢湖町史』確認。
②『新田沢湖町史』(新田沢湖町史編纂委員会/編、田沢湖町教育委員会、1997.3、214.7/シシ/郷)資料番号:128422359
→p.948 凶作の年には村の許可を得てワラビの根を掘って、その澱粉を餅(根餅)にしてキナコや味噌をつけて食べた。と記載あり
・『協和町町史』を確認。
③『協和町史 下巻』(協和町史編さん委員会/編、協和町、2002.3、214.7/キキ/2郷)資料番号:128772159
→p.472 ケカチ食
飢饉 がさらに厳しくなるとワラビ根から澱粉を採ったり 記載あり
ネギッチ ワラビの根から澱粉を採取する道具の白黒写真あり
・『西木村郷土誌 民俗編』確認。
④『西木村郷土誌 民俗編』(西木村郷土史編纂委員会/編、西木村、2000.3、214.7/ニニ/郷)資料番号:128634946
→p.131-133 行事食以外の餅と代用食の餅(4)ネバナモチ
ワラビ、ネバナの産地、作り方について記載あり
p.162 凶作・飢饉の食べ物ー救荒食(6)蕨粉(根花)
根餅だけでは体が腫れてくるので、かならずキナ粉をつけて食べた。記載あり
・『角館誌』を確認。
⑤『角館誌 第8巻 衣・食・住編』(「角館誌」編纂委員会/編、角館誌刊行会、1980.3、214.7/カカ/8)資料番号:124154568
→p.139-141 ネバナモチについて記載あり
p.148 三バイモチ(三バイミソ)について記載あり
・所蔵資料検索にて「飢饉」をキーワード検索。
下記の資料が該当。
⑥『秋田の古文書研究(4) 江戸時代の惨状』(長岐喜代次/編著、小猿部古文書解読研究会、1994.2、202/ナア/)資料番号:124045725
→p.10 天明の大飢饉 七日市村の肝煎、長崎七左衛門
(一)置きみやげ添日記
(一部抜粋)蕨の根の粉にしたものを混ぜて食べていたが、これも食い尽くしたので (以下略)
p.21(四)長谷川伊三郎の「天保飢饉の見聞録」
(一部抜粋)なるほど、この土に根花の粉(わらび根の粉)を入れて餅に侟えたのを見れば、うまそうに見えるけれども、これを食べた者は末には糞づまりになり、大変苦しんだそうである。
p.54-55 第四章 飢饉の時の食事法 二救荒食物の加工法
(一部抜粋)これらの救荒食物の中で、最も多く用いられたものは、蕨の根からとった澱粉で作った「わらびの根もち」であったが、これは、米の粉か麦の粉を交えて食うべく、わらびの粉ばかり食ってはいけないと注意を与えている。(この他に「わらびの根」・「わらび粉をとる」・「わらびの根堀り」・「加工用の根舟」の白黒写真があり。)
p.72 第五章 資料編 二天保飢饉の惨状要約
「わらびの根」の製造法が記載あり。
・NDC分類、383(民俗)、596(料理)郷土の棚をブラウジング。
下記の資料が該当。
⑦『餅 民俗選書 1』(藤田 秀司/著、秋田文化出版社、1983.5、383.8/フモ/郷)資料番号:111246054
→p.51-52 三杯餅(三杯味噌)について記載あり
p.60-63 ネバナ餅について記載あり
⑧『日本の食生活全集 5 聞き書 秋田の食事』(農山漁村文化協会、1986.2、383.8/ノニ/5郷)資料番号:124026444
→口絵カラー写真(15)
奥羽山脈系(田沢湖)73墓祝いの重箱料理としてゆべし写真あり
p.115 米利用の仕方に「菓子もちーゆべしー三ばい味噌」と記載あり
p.154 県南横手(中仙町)での基本食とその食べ方表
分類:こねもの、だんご 料理名:ゆべし、三杯味噌 食べ方:うるち、もち米の粉半々、もち米粉 位置づけ:晴食 食べる時期:ゆべしは春 三杯味噌は春と秋 記載あり
p.305 三ばいみそ
もち米粉、うるち米粉、小豆粉を等分に混ぜ合わせ、水を少し加えてよく練ったものに、塩一つまみと砂糖をたっぷり入れ、棒状にして布で包んでふかす。これを巻きもののように切って、何か行事があるときの重箱料理とする。「ゆべし」ともいう。記載あり
p.311-312 ねばなもちの作り方記載あり
p.342-343 ねばなもち(わらびの根もち)について記載あり
⑨『あきたの味 農家の手づくり』(農山漁家生活改善実行グループ秋田県連絡協議会/編、1979.11、A596/30/)資料番号:111540084
→p.14-15 ゆべしの作り方(仙北郡田沢湖町) 記載あり
白ゆべし:もち米の粉、小麦粉
小豆ゆべし:うるち米の粉、もち米の粉
由来 ゆべしは祝儀の口取り、お正月、おひな様などの行事にかかせないものとして使われている。記載あり
p.19 三杯もちの作り方(北秋田郡森吉町) 記載あり
うるち米の粉、もち米の粉 記載あり
p.19-20 三杯みその作り方(横手市平和町) 記載あり
うるち米の粉、もち米の粉 記載あり
由来 昔は、お菓子を買うことがほとんどなかったので、おひな祭りの時など、三杯みそやすし巻、ひしもち、あられなどを作って供えた。記載あり
秋田県立図書館デジタルアーカイブにて「ねばなもち」をキーワード検索。
下記の資料が該当。
・秋田魁新報 マイクロフィルム
昭和40年4月26日 夕刊2面
記事名:ふるさとの味 歯ざわりよい”山の味” ねばなもち(五城目)
ねばなもちについて記載あり
- 事前調査事項
- NDC
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- 歴史 (2)
- 社会科学 (3)
- 技術 (5)
- 参考資料
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- 秋田県史民俗・工芸編秋田県/編秋田県
- 新田沢湖町史新田沢湖町史編纂委員会/編田沢湖町教育委員会
- 協和町史下巻協和町史編さん委員会/編協和町
- 西木村郷土誌西木村郷土史編纂委員会/編西木村
- 秋田の古文書研究(4)長岐喜代次/編著小猿部古文書解読研究会
- 餅藤田 秀司/著秋田文化出版社
- 日本の食生活全集5農山漁村文化協会
- あきたの味 農家の手づくり農山漁家生活改善実行グループ秋田県連絡協議会/編農山漁家生活改善実行グループ秋田県連絡協
- キーワード
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- 三杯みそ(サンバイミソ)
- 蕨餅(ワラビモチ)
- 根餅(ネモチ)
- ネバナ餅(ネバナモチ)
- ゆべし(ゆべし)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 所蔵・所在調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000286617