以下の資料を紹介。【】は当館請求記号
1『信濃国絵図』滝沢主税編著 長野県地名研究所 2011【N293/82】
この資料は「天保郷帳」(江戸末期)に記載された信濃国の村名とその境界線が国土地理院の地図上に記載されている。
また、p.58-p.128には各村が文献で初めて確認できた年や村々の江戸時代の変遷が記載された表の掲載があるが、この部分は、2の資料を縮小し、加筆されたもの。
2『明治初期長野県町村絵地図大鑑 別巻:市町村変遷表』滝沢主税編 郷土出版社 1985 【N293/5/ベツ】
この資料は1の資料p.58-p.128で紹介した市町村変遷表の基になった資料で、1の資料はこの資料を縮小し加筆したもの。
次に紹介する3-6の資料は8-10で紹介する『長野県町村誌』掲載の村の附図。(一部欠損のため他の地図で補足されたものもある)村毎の絵図なので長野県全体の地図に落とし込まれたものではないが、江戸末期から明治にかけての村の境界線がわかる。
巻末の「解説篇」では文書などにおける村名の所見、村の変遷、絵図の解説が書かれている。※絵図の原本は県立歴史館に保管されている。
なお、この地図はインターネットで公開されており
「信州デジくら」(2019.9.21最終確認)から村名で検索することができる。
※検索の際のキーワードとなる村名は3-6の各資料冒頭の目次「絵地図篇」に記載がある。
3 『明治初期長野県町村絵地図大鑑 1:東信編』 滝沢主税編 郷土出版社 1985【N293/5/1】
4 『明治初期長野県町村絵地図大鑑 2:北信編』 滝沢主税編 郷土出版社 1985 【N293/5/2】
5 『明治初期長野県町村絵地図大鑑 3:中信編』 滝沢主税編 郷土出版社 1985 【N293/5/3】
6 『明治初期長野県町村絵地図大鑑 4:南信編』 滝沢主税編 郷土出版社 1985 【N293/5/4】
7『復元 信濃国絵図 第1巻 小県郡篇』 長野県地名研究所編 小県郡町村会 1994【N293/40/1】
この資料は上記2-6の資料を基礎資料としている。上田小県郡の資料を書き改めて製図し、この資料を作成したと「あとがき」に記されている。
「天保郷帳」(江戸末期)に記載の信濃国各村は、絵図と、字名・字境、村名・村境が落とし込まれた国土地理院の地図が掲載され、解説には市町村変遷表と、字名一覧、指定文化財の記載があり、後述の9-11でご紹介する『長野県町村誌』に掲載された該当頁が転載されている。
8『復元 信濃国絵図 更級埴科郡篇』 滝沢主税編著 長野県地名研究所 2003【N293/40/'02】
この資料は「天保郷帳」(江戸末期)に記載された信濃国更級埴科郡における村名とその境界線、および字名・字境が国土地理院の地図上に記載されている。7の資料に比べると地図が縮小されて掲載されている。
7で触れた次の9-11の資料は、明治初期に政府が全国の市町村から詳細な地誌を提出させたもので、長野県では複本が保存されていたため、1936年(昭和11年)に長野県から『長野県町村誌』(全3巻)として発行された。村の成り立ち、変遷および地理、気候、村勢、風俗など多岐にわたる記載がある。
この資料は国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能だが、閲覧場所は国立国会図書館および全国の図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館に限られる。
「
図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館一覧(2019年9月2日現在)」
9『長野県町村誌 1 北信篇』 長野県編 明治文献 1973【N290/33a/1】 長野県町村誌刊行会 1936年刊の復刻
10『長野県町村誌 2 東信篇』 長野県編 名著出版 1973【N290/33A/2】 長野県町村誌刊行会 1936年刊の復刻
11『長野県町村誌 3 南信篇』 長野県編 名著出版 1973【N290/33A/3】 長野県町村誌刊行会 1936年刊の復刻
12『信濃国絵図の世界』 長野市立博物館編 長野市立博物館 1998 【N293/57】
この資料には江戸幕府が全国の大名に作成を命じた官撰国絵図「信濃国絵図」や民間の版行国絵図が解説付きでとりあげられている。(一部写真掲載あり)所蔵先の記載があり、当館にも次の国絵図が所蔵されている。国絵図は信濃国の絵図に□もしくは楕円で囲まれた村名をほぼその位置に配列したもので、村境は確認できない。
13『信濃国縮繪図』 1702 【N290.3/40】 元禄15年(1702)に完成した元禄国絵図の縮尺版。
14『正保四年信濃国絵図』(6枚(長野県を6分割))『長野県史 近世史料編 第9巻』 【N209/11/9】 付録
15『松代藩の国絵図・城下絵図・町絵図:真田宝物館特別企画展』長野市教育委員会文化財課松代文化施設等管理事務所(真田宝物館)編 長野市教育委員会文化財課松代文化施設等管理事務所 2014 【N212/551】 掲載の絵図の所蔵先が確認できる。
16「
松代封内地図~真田信之時代ニ於ケル松代封内之地図」
この資料は「
NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ」に収録されています。
(2019.9.21最終確認)
「機関内検索窓」から検索可能 「史料一覧」もあり。
17『信州伊那高遠領分郷村絵図』 (1枚)『高遠藩総合年表』長谷川正次著 青山社(長野) 1980 【N242/83】 付録
18『絵図にみる信濃:江戸時代の村や町』 長野県立歴史館編 長野県立歴史館 1995 【N293/41】
例えばp.6-p.13「2村絵図の語り」では佐久郡小平村絵図の時代による変遷や、諏訪・高遠入相山論裁許絵図(すわ たかとおいりあいさんろんさいきょえず)の解説などが記載されている。
19務台増美「近世の村境論」『信濃』第36巻 第5号 1984年5月 p.46-47 この論文は近世の「南安住郡三郷村旧村」(三郷村は現安曇野市)の事例報告。鳥羽村と中萱村との間の村境について争論により境界線が変化したことが書かれている。
20『長野県絵図・地図目録』1995(平成7)年3月31日現在 長野県立歴史館編 長野県立歴史館 1995 【N027/23】
この目録には江戸時代の村絵図の記載もある。請求記号の記載もあるので県立歴史館で資料を請求し、閲覧可能。
発行年が1995年なので最新の所蔵資料については23で紹介するサイトで確認してほしい。
21『更級埴科地方誌 第3巻:近世編 上』 更級埴科地方誌刊行会編 更級埴科地方誌刊行会 1980 【N215/32/3-1】
p.814-p.824 「千曲川 従鼠宿村 西寺尾村迄 絵図 嘉永5年3月道橋方」 千曲川沿いの村々の位置がわかる。
22『下伊那史 第7巻:安土・桃山・江戸初期』 下伊那郡教育会編 下伊那誌編纂会 【N243/18/7】
p.746-p.751 下伊那の各領知の江戸時代に行われた検地についての表が掲載されており村々の変遷がわかる。
23 以下ご紹介する施設は長野県の文書館である県立歴史館、および長野県下の市町村立の公文書館。1-4の施設ではサイトから資料を検索、あるいは目録閲覧可能だが、5-9の施設は直接問い合わせが必要。
国立公文書館関連リンク 参照
(2019年9月13日最終確認)に一覧がある。
(1)
長野県立歴史館 収蔵史資料検索 (2)
長野市公文書館 所蔵資料目録 (3)
上田市公文書館目録検索システム(4)
東御市文書館目録(5)
松本市文書館 〒390-0837 長野県松本市鎌田2丁目8番25号TEL: 0263-28-5570
(6)
須坂市文書館 〒382-0013 長野県須坂市大字須坂812-2 旧上高井郡役所内
TEL:026-285-9041
(7)
安曇野市文書館 〒399-8211 長野県安曇野市堀金烏川2753番地1 TEL:0263-71-5123
(8)
小布施町文書館 〒381-0297 長野県上高井郡小布施町大字小布施1491-2 TEL: 026-214-9114
(9) 長和町文書館
〒386-0701 長野県小県郡長和町和田147-3 長和の里歴史館 TEL: 0268-88-0030
24
長野県市町村史誌等目次情報データベース 目次検索からキーワード検索でき、例えば「国絵図」と検索すると長野県内の市町村史誌等の目次から12件、「村絵図で検索すると9件ヒット、その他「村の変遷」など関連のキーワードで検索していただければ、市町村誌を調査する際の手がかりとなる。
※以下の資料は当館に所蔵がなく、内容を確認していない資料。
25
『安曇野村落誌 上』 当館未所蔵。豊科図書館に所蔵あり。
26
『安曇野村落誌 下』 当館未所蔵。豊科図書館に所蔵あり。
27
『伊那郡近世史参考図』 当館未所蔵。飯田市中央図書館に所蔵あり。