レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2007年05月21日
- 登録日時
- 2011/01/26 11:28
- 更新日時
- 2013/10/09 13:27
- 管理番号
- 23―08
- 質問
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解決
『飛騨人物事典』(高山市民時報社、2000)の「木村周民 きむらしゅうみん」の項目に「予州宇和島の谷口京庵・・・・・・に医学を学ぶ」とあるが、「谷口京庵」の読みは「たにぐち きょうあん」か。
- 回答
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当館資料では「谷口京庵」は見つからず。
【資料1】P28~42、【資料2】P396、【資料3】P34、【資料4】P114~115には「谷口泰庵 たにぐち たいあん」が紹介されている。
谷口泰庵:天保6年から明治24年(1835~1891)宇和島藩蘭方医。慶應3(1867)年長崎に赴き蘭医ボードウインについて実習。明治4年宇和島藩の医学寮一等教官となる。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 9版)
- 医学 (490 9版)
- 参考資料
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- 【資料1】『愛媛県史 社会経済 6』(愛媛県、1987)
- 【資料2】『愛媛県史 人物』(愛媛県、1989)
- 【資料3】『伊予の山水と人物と事業 第3輯』(浅井伯源/編纂、愛媛出版協会、1930)
- 【資料4】『南予遺香』(兵頭賢一/著、宇和島運輸、1918)
- キーワード
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- 谷口泰庵(たにぐち たいあん)
- 谷口京庵
- 宇和島藩(愛媛県)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000077157