レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013/12/05
- 登録日時
- 2015/11/16 16:07
- 更新日時
- 2016/01/14 10:27
- 管理番号
- 埼熊-2015-066
- 質問
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未解決
韮塚直次郎について、直次郎の亡くなった後、跡継ぎは誰になったのか知りたい。
- 回答
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質問に該当する資料は、見つからなかった。参考に、以下の資料を紹介した。
『赤煉瓦物語』(赤煉瓦物語をつくる会編 あさを社 1986)
p41「韮塚家は富岡へ移住して、製糸場と関係の深い仕事を続けています。その子孫の方々も現に富岡に在住しています。」とあり。
『官営富岡製糸所工女史料』(たかせとよじ たいまつ社 1979)
p186-187 韮塚直次郎の墓碑銘あり。末尾に「長孫日次郎修高等商業之学勝負荷翁事睪焉 明治廿九年九月 尾高惇忠撰並書」とあり。
p187 韮塚直次郎が滋賀県から工女を募集したことについて、「すでに故人となったが、韮塚直次郎の孫にあたる韮塚正氏」の記述あり。
p140韮塚直次郎について数行の記述あり。
「富岡製糸場の近くに三十六人繰の製糸工場をつくったが、後に事業を子どもたちにゆずって郷里明戸に帰った。」とあり。
- 回答プロセス
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『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会編 1998)
p617 にらづか なおじろう 韮塚 直次郎 不詳-明治31(1898)
〔明治〕6年自宅を提供してフランス式乾繭場を建設。引き続き富岡製糸場で勤務した。なお、子息直衛は県下でいちはやく秋蚕飼育をした。
インターネット情報を調べる
《埼玉県立文書館蔵書検索システム》で〈韮塚直次郎〉を検索(http://www.monjo.spec.ed.jp/ 埼玉県立文書館 2013/12/05最終確認)
「日本煉瓦製造株式会社47-4 地所売渡証書」(明治27. 9.27 1894 明戸村韮塚直次郎 日本煉瓦製造株式会社 状 古文書)
「韮塚家中興の祖 韮塚直次郎・美寧を偲ぶ」(韮塚三郎 1998)
どちらも自館未所蔵のため確認できず。
その他調査済み資料
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 10 群馬県姓氏家系大辞典』(角川書店 1994)
『埼玉県蚕糸業史』(埼玉県蚕糸業協会 1960)
『深谷市史 全』(深谷市史編纂会編 1969)
『備前渠三百年史』(韮塚理重編 北むさし社 1958)
『富岡史』(富岡史編纂委員会編 名著出版 1973)
『郷土史研究講座 6 明治前期郷土史研究法』(小島敏雄編 朝倉書店 1974)
『甘楽富岡史帖 みやま文庫 124』(今井幹夫著 みやま文庫 1992)
『埼玉県乾繭組合史』(埼玉県乾繭組合史編纂委員会 1951)
『秩父の養蚕 秩父絹織物業の成立とその変遷 埼玉県教育委員会長期研修教員報告 平成13年度』([井上淳一郎] 2002)
『児玉と養蚕 明治から平成まで』(倉野内九平 1999)
『熊谷地方の養蚕』(熊谷市立図書館美術、郷土係編 熊谷市立図書館 1998)
『埼玉県における蚕種製造業発達の沿革 明治・大正期を中心として』(仁村勉 1983)
『尾高惇忠』(荻野勝正著 さきたま出版会 1984)
『韮塚家神楽場共有墓地改修記念誌 平成9年6月29日改修』(韮塚武和 1998)
「渋沢栄一 尾高惇忠 韮塚直次郎 深谷出身の三大先駆者と大絵馬」(『青淵 696号』p32-34 2007)
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (281 9版)
- 関東地方 (213 9版)
- 個人伝記 (289 9版)
- 参考資料
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- 『赤煉瓦物語』(赤煉瓦物語をつくる会編 あさを社 1986)
- 『官営富岡製糸所工女史料』(たかせとよじ たいまつ社 1979)
- キーワード
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- 韮塚 直次郎(ニラヅカ ナオジロウ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000183886