レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021/07/18
- 登録日時
- 2021/08/21 00:30
- 更新日時
- 2021/08/21 00:30
- 提供館
- 宮城県図書館 (2110032)
- 管理番号
- MYG-REF-210017
- 質問
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解決
仙台にあった青柳文庫について,庶民が利用できたと記述されている文献にどのようなものがあるか。
- 回答
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仙台にあった青柳文庫について,庶民が利用できたと記述されている文献として下記があります。(【 】内は当館請求記号です)
資料1 飯川勤「青柳文蔵伝」『奥羽史学会々報』(4), 1896, pp.36-40. 【P212/オ】
(引用文中の漢字は資料では旧字体です)
「曾テ典舗ニ貯蔵セル。経史子集二万余巻。并ニ古銭端硯琴笙等ヲ。旧仙台藩ニ納付シ。仙台百騎街医学校ノ南隅ニ。文庫ヲ構造シ。青柳館文庫ト称シテ。士庶ノ縦覧ニ供セリ。」
なお,筆者については,文末の「附言」に「余四十年前。医学校教職ヲ奉ズ。同僚十余氏ト倶ニ。青柳館文庫管理ヲ兼務セリ。」との記述があります。
資料2 大槻文彦「天保二年設立図書館青柳館文庫並青柳文蔵伝」『図書館雑誌』(13), 1911, pp.1-17.【P010/ト】
(引用文中の漢字は資料では旧字体です)
p.2.「(略)名づけて青柳館文庫と云ふ,竹木は藩より給せられ,文庫は医学館に属せしめられ,藩より目付二人を附し,公開して遍く衆庶に読ましめらる,(略)」
資料3 早坂信子『公共図書館の祖青柳文庫と青柳文蔵』大崎八幡宮, 2013.【K010/2013.8】
「5 『青柳文庫』の誕生」―「二、公立図書館の条件」のうち
p.50-51.「『六代治家記録』や『日本教育史資料』の記述に基づき「青柳文庫」は藩士のみに貸出していたのではないかという説もあるが、両資料とも明治以降に書かれたもので、同時代人の証言ではない。(中略)仙台藩が石材を用意し青柳文庫の前庭に建立した石碑「青柳文庫記」には「青柳処士の少時の如きもの」に読ませたいと書かれ、『この書を士子騒客医卜遊方の人に』つまり『学生、詩人や文人、医者、諸国を遊歴する人に』とあって、想定する利用者層が幅広く、武士限定でなかったことは明らかである。」
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 図書館.図書館情報学 (010 9版)
- 参考資料
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- 奥羽史学会. 奥羽史学会々報 1号 (明28.5)-. 奥羽史学会, 【P212/オ】:
- 日本文庫協会 日本図書館協会. 圖書館雜誌 1号 (明40.10)-85号 (大15.12)
- 21年1号 (昭2.1)-22年12号 (昭3.12)
- 110号 (昭4.1)-133号 (昭5.12)
- 25年1号 (昭6.1)-. 学術文献普及会, 1969. 8-【P010/ト】:
- 早坂/信子∥著. 公共図書館の祖青柳文庫と青柳文蔵. 大崎八幡宮, 2013.8【K010/2013.8】:
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000303427