レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年1月25日
- 登録日時
- 2022/04/03 16:00
- 更新日時
- 2022/04/12 10:47
- 管理番号
- 県立長野-22-002
- 質問
-
解決
江戸時代から明治初期にかけての長野県佐久郡塩名田(しおなだ)村(現・佐久市)および佐久郡柏木村(現・小諸市)にいた人物を調べることはできるか。『塩名田村古文書目録』 『中山道塩名田宿本陣・問屋 丸山家古文書目録』『小諸市古文書目録 第5集 柏木村小山家文書(上)』を所蔵しているようだが、これに手掛かりはあるか。
- 回答
-
『浅科村史』 浅科村史編纂委員会編 浅科村史刊行会 2005 【N222/151】p.365-606にかけて、江戸から昭和にかけての塩名田宿の様子が書かれている。このp.372-373の図8-3に「文化元年の絵図による塩名田宿」があり、塩名田の本陣をはじめとする旅籠の主人の名前が記載されている。名前は世襲することが多いこともあり、類似した名前は参考になるかと思い紹介した。また、時期は希望と異なるが、p.567に図3-2「花街塩名田の電話加入者の状況(大正15年)」、p.604に図4-5「昭和9年ごろの塩名田」など同じ街道沿いの地域の図があり、町の変遷がわかる。
『中山道信濃二六宿』長野県文化財保護協会編 信濃毎日新聞社 1980 【N682/44】p.92-113まで塩名田宿についての記載がある。『浅科村史』で紹介した「文化元年の絵図による塩名田宿」の掲載もあり、宿の様子や住人の名前がみられる。
『塩名田村古文書目録』 浅科村教育委員会編・刊 1999 【N222/131】 は、旧浅科村塩名田の花田安永家が所有する古文書の目録で、文書そのものは、佐久市の五郎兵衛記念館に寄託されている。
『中山道塩名田宿本陣・問屋 丸山家古文書目録』 浅科村教育委員会編・刊 2002 【N222/146】は、旧浅科村塩名田の丸山憲一家が所有する古文書の目録で、文書そのものは、上記同様、五郎兵衛記念館に寄託されている。
これらの文書目録については、文書を所有している家とのやり取りの記録として関係がありそうな「土地・小作・金融」と「家」に分類されている部分をみただけだが、文書に村の住人名前が記されている可能性は高い。ただし、これらの文書群には、宗門改め等の文書は含まれてないない。目録は図書館間の相互貸借により、最寄り公共図書館内で直接確認することができる。この目録中の文書番号を添えて、五郎兵衛記念館に問い合わせるよう案内した。
『小諸市古文書目録 第5集 柏木村小山家文書(上)』小諸市教育委員会編・刊 2021 【N202.2/334/5】は、書名に上とあるとおり、まだ編纂途中で、下巻の発行が待たれている。上巻の大半は金融関係の文書が占めている。個々の文書のタイトルでは、借主の名前が代表者のみ記され他何名となっているが、文書自体には、個々の名前が書かれていると思われる。また、この文書群にも、宗門改め等の文書は含まれていない。
なお、小諸市の古文書調査室へ問い合わせたところ、この文書群はまだ調査中のもので、公開予定については未定とのこと。
『小諸領内旧家録』 小山政道編 信濃実業新聞社 1909 【N280/60】の71丁裏-72丁裏に、中津村塩名田について、4名の名前があげられている。119丁表および裏には、北大井村字柏木について2名があげられている。この資料は国立国会図書館デジタルコレクションで参加館公開されている。【最終確認2022.4.8】
『信濃名誉録』 西澤俊司編・刊 1893 【N280/61】は、幕末から明治に地域に貢献した人の紳士録のようなものになっている。国立国会図書館デジタルコレクションで参加館公開されている。【最終確認2022.4.8】
なお、菩提寺などがわかっていれば過去帳などが手掛かりになる。塩名田宿の場合、『歴史の道調査報告書I』 長野県教育委員会編 長野県文化財保護協会 1984 (長野県教育委員か1979-1980年に発行した1-6を合本復刻したもの) 【N682/53-1/1】の「中山道」p.32-36に寺院についての記述があり、
長寿寺跡 現在中津小学校及び農協の敷地になっていて、ほとんど昔の痕跡を残していないが、真言宗六
波羅普門院末、京極山長寿寺といい、明治初年廃寺となる。
正縁寺 浄土宗知恩院末、向沢山正縁寺。宿の北側にあり、南側にあった長寿寺とともに緊急の場合、
宿の避難所にあてられた。昭和四七年失火のため焼失し、現在も再建されていない。
とある。寺院からの情報は難しいと考えられる。この資料は国立国会図書館デジタルコレクションで参加館公開されている。「歴史の道調査報告書 1 (中山道)」塩名田宿 (22コマ-)【最終確認2022.4.8】
『長野県町村誌 東信編』 長野県編 名著出版 1973(昭和11年長野県刊の復刻版)【N290/33a/2】に明治初期の村の地勢などが記されている。
p.2281-2286 塩名田村(中津村)では、
【寺】 向沢山正縁寺 慶大内官有地、東西二十三軒四尺五寸、南北二十一間、面積一反六畝十八
歩、浄土宗京都府下東山、知恩院の末派なり。村の北裏にあり。創立年月日不詳、開山
超誉一念。除地高四石六斗三升五合、維新の際上知す。
p.2336-2341 柏木村(北大井村)
【寺】 無之
となっている。この資料のデジタルアーカイブとして、NPO法人長野県図書館等協働機構が運営する「信州地域史料アーカイブ」のコンテンツに「『長野県町村誌』と明治初期の村絵図・地図」があるので、これを紹介する。「幕末期から明治初期の町村名」を選び、「明治初期から幕末の地名」で塩名田村、および柏木村を検索するとPDFファイルで見ることができる。あわせて村絵図も見ることができる。【最終確認2022.4.8】
- 回答プロセス
-
1 塩名田村および柏木村の変遷を調べる。『角川日本地名大辞典 20 長野県』 角川書店 1990 【291.03/カド/20】によると、塩名田村は、江戸から明治22年までの村名で、小諸領を経て、佐久郡(北佐久郡)に属し、その後昭和30年代までは中津村といった。昭和30年に浅科村となり、平成17年以降、現在は佐久市となっている。同じように、柏木村は江戸から明治22年までの村名で、小諸領をへて、佐久郡(北佐久郡)に属し、その後昭和29年までは北大井村といった。同年に小諸市となっている。
2 指定の資料『塩名田村古文書目録』『中山道塩名田宿本陣・問屋 丸山家古文書目録』『小諸市古文書目録 第5集 柏木村小山家文書(上)』 および『長野県史 近世史料編』のうち、両村を含む東信地方を扱った巻を確認する。
3 『佐久市志』『小諸市誌』をはじめ、旧村名の誌史類を調べていく。塩名田村については、『浅科村史』に詳しい。引用されている文書等を確認する。
4 通常、菩提寺などがわかっていれば過去帳などが手掛かりになる。塩名田宿の場合、『歴史の道調査報告書I』 の「中山道」p.32-36に寺院についての記述があった。一つは廃寺となり、もう一つは焼失とあったため、寺院からの情報は難しいと考えられる。
5 『長野県町村誌 東信編』に明治初期の村の地勢などが記されているので確認するが、4と同じでほかの寺院の記述はなかった。柏木村には寺院はないという記述だった。
6 当該地域の誌史類に郷土の人物を扱った部分があるので、これを確認する。また、佐久郡の人物録となる資料を、郷土分類N280の書棚で探す。
<調査資料>
・『中津村に塩名田節さんざめいて』
小林基芳著 浅科村教育委員会 2002 (浅科村の歴史4) 【N222/125/4】
p.40 図8「花街塩名田(大正15年) 塩名田郵便局電話加入者の状況」、p.43図9「昭和9年ころ
の塩名田のにぎわい」に街道沿いの家について、屋号や商店名が記入されている。
・『諸国道中商人鑑』 竹野半兵衛著 星運堂 1827 【N672/1】【最終確認2022.4.8】
塩名田宿で掲載されていたのは、「大藤屋太郎右衛門」「丸屋権右衛門」の2軒のみ。
・『中山道分間延絵図第7巻』 東京美術 1979 【N682/32/7】
絵図編と解説編を確認したが、詳細な人名の記載は確認できなかった。絵図では塩名田宿や村の
寺社が書かれている。
・『長野県史 近世史料編 第1巻(1)東信地方』長野県編 長野県史刊行会 1971 【N209/11/1-1】
・『長野県史 近世史料編 第2巻(1)東信地方』長野県編 長野県史刊行会 1978 【N209/11/2-1】
・『長野県史 近世史料編 第2巻(1)東信地方』長野県編 長野県史刊行会 1978 【N209/11/2-1】
・『佐久の中山道宿場展』 望月歴史民俗資料館編
佐久市教育委員会 2007(平成19年度特別展 街道文化)【N682/149】
・『佐久人国記』 小林牧堂著 佐久国人記刊行会 1929 【N280/68】
・『小諸市誌 近・現代篇』 小諸市誌編纂委員会編 小諸市教育委員会 2003 【N222/43/4】
・『天保佐久人物誌』 井出通著 上原邦一編・刊 1969 【N280/86】
・『小諸市古文書目録 第5集 柏木村小山家文書(上)』 小諸市教育委員会 2021【N202.2/334/5】
・『小諸市誌 歴史編3近世史』小諸市誌編纂委員会編 小諸市教育委員会 1991 【N222/43/2-3】
・『佐久市志 歴史編4 近代』佐久市誌編纂委員会編 佐久市志刊行会 1996 【N223/69/3-4】
・『佐久市志 歴史編3 近世』佐久市誌編纂委員会編 佐久市志刊行会 1992 【N223/69/3-3】
・『近世交通史料集5 中山道宿村大概帳』 児玉幸多校訂 吉川弘文館 2013 【N682/188/5】
- 事前調査事項
- NDC
-
- 中部地方 (215 10版)
- 日本史 (210 10版)
- 日本 (281 10版)
- 参考資料
-
-
浅科村史編纂委員会/編 , 浅科村史編纂委員会. 浅科村史. 浅科村(長野県), 2005-03.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058869147-00 (【N222/151】p.365-606) -
長野県文化財保護協会 編 , 長野県文化財保護協会. 中山道信濃二六宿. 信濃毎日新聞社, 1980.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001493512-00 (【N682/44】p.92-113) -
浅科村教育委員会 編 , 浅科村教育委員会 (長野県). 塩名田村古文書目録. 浅科村教育委員会, 1999.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002796957-00 (【N222/131】) -
浅科村教育委員会 編 , 浅科村教育委員会 (長野県). 中山道塩名田宿本陣・問屋丸山家古文書目録. 浅科村教育委員会, 2002.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003640197-00 (【N222/146】) -
小諸市古文書目録 : 柏木村小山家文書 第5集. 小諸市教育委員会, 2021-03.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I109647158-00 (【N202.2/334/5】)
-
浅科村史編纂委員会/編 , 浅科村史編纂委員会. 浅科村史. 浅科村(長野県), 2005-03.
- キーワード
-
- 塩名田村(佐久郡)
- 中津村(北佐久郡)
- 浅科村(北佐久郡)
- 佐久市
- 柏木村(佐久郡)
- 北大井村(北佐久郡)
- 小諸市
- 先祖探し
- 信州学
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000314677