レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2022/03/28 14:28
- 更新日時
- 2022/03/28 15:16
- 管理番号
- 千-2021-001
- 質問
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解決
池波正太郎『鬼平犯科帳』の「鬼平」こと長谷川平蔵の役宅が、江戸城清水門外・現在の千代田区役所の場所にあったとする資料を見た。これは事実か。
- 回答
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事実ではない。池波 正太郎 著『江戸切絵図散歩』(新潮社、 1993年)のなかで、
「長谷川平蔵の役宅が清水門外にあった」というのは『鬼平犯科帳』におけるフィクションであることを、作者本人が語っている。
なお、笹間 良彦 著『江戸町奉行所事典』(柏書房、2004年)によると、火付盗賊改方の任期は短いため一定した役宅は存在せず、拝命した御先手頭の拝領屋敷がそのまま役宅として使用されるとある。鬼平のモデルである江戸時代後期の幕臣「長谷川平蔵宣以」の伝記や江戸絵図類を確認しても、清水門外には火付盗賊改方の役宅や、長谷川平蔵宣以の屋敷を示す表記は見出せなかった。
- 回答プロセス
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【利用者が確認した資料】
・鶴松 房治 解説『江戸切絵図にひろがる鬼平犯科帳』(人文社、2004年)
p14:「⑪火付盗賊改方長官・長谷川平蔵役宅」より
⇒清水門外(千代田区九段南1丁目)とある。
・鶴松 房治 案内人『池波正太郎が愛した江戸をゆく パート2』(朝日新聞出版 、2011年)
p8:「池波正太郎が愛した風景をたどる江戸城半周コース」より
⇒ページの左下隅にある写真の説明として「北の丸公園から見た清水門。
正面奥のビルが『鬼平犯科帳』で火付盗賊改方役宅があった場所とされる
千代田区役所」とある。
■人物調査
まず、小説の主人公としての「鬼平」こと長谷川平蔵について基本情報を得るため、
架空の人物について調べることができる辞典類を確認した。
・大隅 和雄 編集委員『日本架空伝承人名事典』新版(平凡社、2012年)
p459 - p450:「長谷川平蔵」
⇒江戸時代後期の幕臣で、火付盗賊改役長、長谷川宣雄の子。
諱は「宣以(のぶため)」、生没年は延享2(1745)年 - 寛政7(1795)年。
⇒天明7(1787)年に火付盗賊改役を加役している。
⇒「近年、池波正太郎の『鬼平犯科帳』で広く知られるようになった」とある。
次に、「鬼平」のモデルとされている江戸時代後期に実在した長谷川平蔵について
基本情報を得るため、人名辞典類を確認した。
・釣 洋一 著『江戸刑事人名事典 火附盗賊改』(新人物往来社、2006年)
p208:「長谷川平蔵宣以」
⇒『鬼平犯科帳』の「鬼平自身」として紹介されている実在の人物。
延享三寅(1746)年、七代目・長谷川平蔵宣雄の長男として生まれた、とある。
・竹内 誠 編『日本近世人名辞典』(吉川弘文館、2005年)
p795:「長谷川平蔵」
⇒江戸時代後期の幕臣で、火付盗賊改役長、長谷川宣雄の子。
諱は「宣以(のぶため)」、生没年は延享2(1745)年 - 寛政7(1795)年。
⇒天明7(1787)年9月に火付盗賊改役へ加役を命じられている。
⇒この項の参考文献として、滝川 政次郎 著『長谷川平蔵』(『朝日選書』)の掲載あり。
以上から、小説の主人公である「鬼平」こと長谷川平蔵のモデルが、
江戸時代後期に実在していた長谷川平蔵宣以であることが確認できた。
■実在の長谷川平蔵宣以からのアプローチ
今回は〈役職〉、〈伝記〉、〈地図〉の3つの点から、役宅の所在地について調査を行った。
〈役職〉
火付盗賊改方の役宅が本来どのようにして決まるのかを
町奉行に関する資料から確認した。
・笹間 良彦 著『江戸町奉行所事典』(柏書房、2004年)
p284:「火付盗賊改役宅」より
⇒火付盗賊改方の任期が本役1年、当分加役は半年、増役は一時的と短いことから、
町奉行所のように一定した役所がなく、拝命した御先手頭の拝領屋敷が役宅として
使用されていたことが示されている。
〈伝記〉
竹内 誠 編『日本近世人名辞典』の参考文献として掲載されていた下記資料を確認した。
・滝川 政次郎 著『長谷川平蔵 その生涯と人足寄場』
朝日選書 198(朝日新聞社、1982年)
p40:「第二章 第一節 放蕩-本所の銕」より
⇒『東京市史稿』市街篇第二十七を典拠に、長谷川家の屋敷が築地・深川にあった
ことを示す記述はあるが、清水門外については言及がなかった。
〈地図〉
長谷川平蔵宣以が活躍した時期の江戸絵図で役宅の所在地を確認した。
・幕府普請奉行 編『江戸城下変遷絵図集 3』(原書房、1985年)
p1-23:「(1)雉子御門外、清水門外」より
⇒延宝(1673年)以前~文久元酉(1861)年間の清水門外には、
長谷川平蔵の屋敷、および火付盗賊改方役宅は確認できず。
⇒同書の20巻に収録されている人名索引で「長谷川平蔵」を引くも、
天保9(1838)年、現在の日本橋界隈に居を構える同名の「長谷川平蔵」しか
確認できない。
以上から、役宅があったとされる清水門外に、火付盗賊改方の役宅、
もしくは長谷川平蔵宣以の屋敷を示す表記は見出せないことが確認できた。
■フィクションである『鬼平犯科帳』からのアプローチ
最後に「清水門外に役宅があったとするのは池波正太郎の創作」である可能性を確認するため、
「鬼平」「池波正太郎」をキーワードに千代田区立図書館の蔵書を検索した。
・池波 正太郎 著『江戸切絵図散歩』(新潮社、 1993年)
p97:「第六章 神田と本郷」より
⇒「私は〔鬼平犯科帳〕を書くとき、京都から江戸へ帰任した長谷川平蔵が、
一時、目白台に屋敷をもらっていたので、どうも、小説の上から、
これを役宅にしてしまうと不便のような気がして、清水御門外〔御用屋敷〕と
切絵図にあるのを利用させてもらい、ここへ役宅を置き」とある。
・毎日ムックアミューズ 編『鬼平を歩く』(毎日新聞社、1999年)
p102:「鬼平の七不思議② 鬼平はなぜ入江町で生まれた?」より
⇒小項目「『江戸切絵図』に見る「犯科帳の鬼平」と「史実の平蔵」の住まいと役宅」
の中で、清水門外の役宅を指して「あれも鬼平用の役宅。
火付盗賊改メの長官は自分の屋敷を役宅として使うのが決まり」とある。
・進士 慶幹 編著『日本の古地図 9』(講談社、1977年)
p30 - p32:池波正太郎「江戸雑話 ー江戸古地図を通じてー」
⇒「江戸」を書くうえで、「切絵図」などを参考にするものの、
『鬼平犯科帳』などの幕末以前を題材とした作品では役立つことがすくなく、
不明な部分やつなぎ合わせの微妙な部分については、
自身のイメージで補っている旨が記されている。
・鶴松 房治 案内人『池波正太郎が愛した江戸をゆく パート2』(朝日新聞出版 、2011年)
p10:「長谷川平蔵が暮らした火付盗賊改方役宅」より
⇒「史実では本所の本宅が役宅も兼ねていたが、
池波はあえて、江戸城のそばに役宅を置いた」とある。
・鶴松 房治 案内人『池波正太郎が愛した江戸をゆく パート1』(朝日新聞出版 、2011年)
p94-99:池波正太郎「江戸雑話 ー江戸古地図を通じてー」の再録
・西尾 忠久 編著『鬼平犯科帳を歩く』(旬報社、2003年)
p18:「清水門外役宅、組屋敷周辺を歩く」より
⇒池波正太郎は、火付盗賊改方の役宅には組頭の屋敷があてられていたことを
承知の上で、目白台にある平蔵の私邸では遠すぎて万事に不都合と考えたので、
『犯科帳』シリーズで役宅をあえて清水門外に置いた、と記されている
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 9版)
- 日本 (291 9版)
- 小説.物語 (913 9版)
- 参考資料
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大隅和雄, 尾崎秀樹, 西郷信綱, 阪下圭八, 高橋千劔破, 縄田一男, 服部幸雄, 廣末保, 山本吉左右 編 , 大隅, 和雄, 1932- , 尾崎, 秀樹, 1928-1999 , 西郷, 信綱, 1916-2008. 日本架空伝承人名事典 新版. 平凡社, 2012.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I023409147-00 , ISBN 9784582126440 -
竹内誠, 深井雅海 編 , 竹内, 誠, 1933-2020 , 深井, 雅海, 1948-. 日本近世人名辞典. 吉川弘文館, 2005.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008009350-00 , ISBN 4642013474 -
滝川政次郎 著 , 滝川, 政次郎, 1897-1992. 長谷川平蔵 : その生涯と人足寄場. 朝日新聞社, 1982. (朝日選書 ; 198)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001539732-00 -
釣洋一 著 , 釣, 洋一, 1934-. 江戸刑事人名事典 : 火附盗賊改. 新人物往来社, 2006.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008329752-00 , ISBN 4404034113 -
幕府普請奉行 編. 江戸城下変遷絵図集 : 御府内沿革図書 第3巻. 原書房, 1985.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001791825-00 , ISBN 4562015551 -
幕府普請奉行 編. 江戸城下変遷絵図集 : 御府内沿革図書 第20巻. 原書房, 1987.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001872427-00 , ISBN 4562015721 -
アミューズ 編 , 西尾忠久 監修 , 西尾, 忠久, 1930-2012 , 毎日グラフアミューズ編集部. 鬼平を歩く. 毎日新聞社, 1999. (毎日ムック)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002909033-00 , ISBN 4620791377 -
日本の古地図 9. 講談社, 1977.
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笹間良彦 著 , 笹間, 良彦, 1916-2005. 図説・江戸町奉行所事典 普及版. 柏書房, 2004.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007306828-00 , ISBN 4760124942 -
鶴松房治 案内人 , 鶴松, 房治, 1947-. 池波正太郎が愛した江戸をゆく : 決定版「鬼平」「剣客」「梅安」 パート1(城東・下町篇). 朝日新聞出版, 2011. (Asahi original)
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鶴松房治 案内人 , 鶴松, 房治, 1947-. 池波正太郎が愛した江戸をゆく : 決定版「鬼平」「剣客」「梅安」 パート2(城西・山の手篇). 朝日新聞出版, 2011. (Asahi original)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011293286-00 , ISBN 9784022724045 -
西尾忠久 編著 , 西尾, 忠久, 1930-2012. 鬼平犯科帳を歩く : 彩色江戸名所図会50点収録. 旬報社, 2003. (朝日カルチャーセンター講座シリーズ ; 14)
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鶴松房治 解説 , 鶴松, 房治, 1947-. 江戸切絵図にひろがる鬼平犯科帳雲霧仁左衛門 普及版. 人文社, 2004. (時代小説シリーズ)
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江戸歴史散歩愛好会 著 , 江戸歴史散歩愛好会. 東京・江戸散歩おすすめ25コース : 鬼平の舞台から新選組ゆかりの地まで. PHP研究所, 2009. (PHP文庫 ; え17-2)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010007993-00 , ISBN 9784569671819 -
池波正太郎 著 , 池波, 正太郎, 1923-1990. 江戸切絵図散歩. 新潮社, 1993. (新潮文庫)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002298006-00 , ISBN 4101156689
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大隅和雄, 尾崎秀樹, 西郷信綱, 阪下圭八, 高橋千劔破, 縄田一男, 服部幸雄, 廣末保, 山本吉左右 編 , 大隅, 和雄, 1932- , 尾崎, 秀樹, 1928-1999 , 西郷, 信綱, 1916-2008. 日本架空伝承人名事典 新版. 平凡社, 2012.
- キーワード
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- 長谷川平蔵宣以(1745年 - 1795年)
- 池波正太郎(1923年 - 1990年)
- 鬼平犯科帳
- 長谷川平蔵
- 火付盗賊改
- 江戸城清水門外
- 東京都千代田区
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000314198