レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年05月23日
- 登録日時
- 2020/04/17 14:11
- 更新日時
- 2021/01/07 15:49
- 管理番号
- 埼熊-2020-045
- 質問
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解決
吾妻鏡に登場する丹後内侍や丹後局について研究した資料を探している。
- 回答
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下記の資料を紹介した。
『安達泰盛と鎌倉幕府 霜月騒動とその周辺』(福島金治著 有隣堂 2006)
p10-23「第一節 安達氏と祖盛長」に頼朝の乳母武蔵武士比企掃部充の妻比企尼の嫡女。安達盛長の妻が丹後内侍だったことは『吾妻鏡』宝治二年(1248)六月十八日の安達景盛の死没に際して「母は丹後内侍」」との記述あり。
『探訪比企一族 鎌倉幕府設立の立役者比企一族・真実探しの旅』(西村裕[ほか]編著 まつやま書房 2015)
p72-83「5.比企一族の女性達 2 丹後内侍(長女)」に島津忠久の生年と父親、丹後内侍の墓についての記述あり。
p206-223 「比企一族の女性たちの生年検討(パート1)、(パート2)(パート3)」に丹後内侍の年齢推定あり。
『甦る比企一族』(清水清編著 比企一族顕彰会 1996)
p70-75「丹後の局と安達藤九郎盛長」
佐藤源作著「丹後局と越生氏」(『埼玉史談219号』p15-21 埼玉県郷土文化会 1989.10)
福岡県浮羽町小塩神社の御神体敷板の銘文をもとに、丹後局に関する資料を掘り起こし、島津氏の各種系図を照射する(略)とあり。
- 回答プロセス
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1 《Google》(http://www.google.co.jp/ Google)を〈吾妻鏡 & 丹後内侍)(吾妻鏡 & 丹後局〉で検索する。
《ウィキペディア》(https://ja.wikipedia.org/wiki/ ウィキメディア財団)
「丹後内侍」「『吉見系図』によると、京の二条院に女房として仕えており、「無双の歌人」であったという。惟宗広言と密かに通じて島津忠久を生み(以下略)」とあり。参考文献に『安達泰盛と鎌倉幕府 霜月騒動とその周辺』(福島金治著 有隣新書 2006)
《鹿児島県ウェブサイト》(https://www.pref.kagoshima.jp/ 鹿児島県)
「戦国島津氏について」の「島津氏の発祥について」に「丹後局は頼朝の乳母・比企尼の娘で,頼朝の乳兄弟にあたる。二条院に女房として勤め、「無双の歌人」と呼ばれた女性である。」とあり。(注)鹿児島県としての正式な見解でなないとあり。(http://www.pref.kagoshima.jp/ak01/chiiki/kagoshima/kyoiku/1hassyou.html)
2 参考図書を確認する。
『日本女性人名辞典』(日本図書センター 1993)
p690-691「丹後局 たんごのつぼね」に「源頼朝の側近比企能員の妹。」とあり。
3 1の参考文献『安達泰盛と鎌倉幕府 霜月騒動とその周辺』を確認する。
4 《Googleブックス》(http://books.google.co.jp/ Google)を〈丹後内侍〉で検索する。
『石井進著作集 第5巻 鎌倉武士の実像』(石井進著 岩波書店 2005)
p273-274「比企一族」に丹後内侍についての記述あり。
5 自館目録を〈安達一族〉〈比企一族〉〈丹後局〉で検索する。
6 埼玉関係データベースを〈丹後内侍〉〈丹後局〉で検索する。
7 《CiNii Articles》(http://ci.nii.ac.jp/ 国立情報学研究所)を〈丹後内侍〉〈丹後局〉で検索する。
《神戸大学学術成果リポジトリ》(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/infolib/meta_pub/G0000003kernel 神戸大学附属図書館)
斉賀万智著「後白河院説話の周辺に関する一考察 六条西洞院とその周辺の人々の関係性から」(『国文学研究ノート53号』p17-31 2014.10 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/infolib/meta_pub/detail)
後白河院の寵姫丹後局についての考察。
8 《国立国会図書館オンライン》(https://ndlonline.ndl.go.jp/ 国立国会図書館)を〈丹後内侍〉〈丹後局〉で検索する。
9 《Google》(http://www.google.co.jp/ Google)を〈後白河院 & 丹後内侍〉で検索する。
《川島ネイチャークラブ》(http://kawajimanc.la.coocan.jp/ 川島ネイチャークラブ)
「文献紹介 「探訪比企一族 増補新版」の「比企一族について」
「丹後内侍については丹後の局と記している文献も数多く出版 されている。しかし、一般的に丹後の局とは、平安時代末期から鎌倉時代にかけて後白河法皇の寵愛を受け、宮中において政治的にも権勢を持っていた高階栄子のことを言う。」とあり。(出典:『探訪比企一族 鎌倉幕府設立の立役者比企一族・真実探しの旅』(西村裕[ほか]編著 まつやま書房 2015)
10 《鹿児島を調べる本》(https://www.library.pref.kagoshima.jp/honkan/?p=17288 鹿児島県立図書館)の「総合」「人物」の資料を確認する。
『鹿児島大百科事典』(南日本新聞社鹿児島大百科事典編纂室編 鹿児島 南日本新聞社 1981)
p671「丹後の局の伝説」「丹後局の墓塔」あり。
11 《MAGAZINEPLUS》(日外アソシエーツ)を〈丹後局〉〈丹後内侍〉で検索する。
ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2017年5月21日。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 9版)
- 日本 (281 9版)
- 貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション (090 9版)
- 参考資料
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- 『安達泰盛と鎌倉幕府 霜月騒動とその周辺』(福島金治著 有隣堂 2006) , ISBN 4-89660-196-3
- 『探訪比企一族 鎌倉幕府設立の立役者比企一族・真実探しの旅』(西村裕[ほか]編著 まつやま書房 2015) , ISBN 4-89623-095-7
- 『甦る比企一族』(清水清編著 比企一族顕彰会 1996)
- 『埼玉史談219号』p15-21 埼玉県郷土文化会 1989)
- キーワード
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- 丹後局(タンゴノツボネ)
- 丹後内侍(タンゴノナイシ)
- 女性-埼玉県-歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000280691